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大きな栗の木の下で 37 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 別に三人は意気投合したと云うんでもなく、音楽的な結びつきなんかも殆どなかったんだけど、まあ、三人共早くレコードデビューしたいって野心は満々だったから、事務所の方針通りグループを組んだのよ。矢岳君は三人が仲良くやっていけるのか、ひどく気にしていたわ。それに事務所の云いなりに、自分の考えている方向とは違うことを受け入れたことで、なんかちょっと自己嫌悪みたいなものに襲われているみたいだった。
 でも、顔あわせから何ヶ月かレッスンとか一緒にするようになると、最初は不安そうだった矢岳君の顔も次第に和んできたの。懸念していた程、三人の音楽の指向とかがかけ離れていなくて、好きな曲なんかも共通するものがあって、一人で活動するよりはなんとなく心強い感じもしてきたみたい。三人はレッスンの後で、よく居酒屋さんなんかで音楽談義とかしていて、矢岳君は何時も帰りが遅かったわ。まあ、それも仕方ないかって、あたしは我慢していたけどね。
 担当は矢岳君がリードギターでもう一人がサイドギター、もう一人の人がエレキベースなの。歌は三人共歌うんだけど、主にはサイドギターの人が殆どのボーカルをとるって云う感じ。曲創りは、大体は矢岳君が担当と云うことだったかしら。詩は三人共書くんだけど、曲となると、ちゃんと譜面を読んだり書いたり出来るのは矢岳君だけだったみたいよ。だから自然に、矢岳君がリーダー格ってことになったみたい。歳は、三人共同い歳なの。
 デビュー前に一度、矢岳君が他の二人をアパートに連れてきたことがあったわ。二人共明るくて、悪い意味じゃなく、なんとなく軽い感じで、ちょっとサイドギターの人は癖があったけど、まあ、そんなに気にならない程度だったかな。三人は冗談云いあってよく笑っていたし、なんか知りあってそんなに長くもないのに、妙に仲良いじゃんなんてあたし思ったの。三人でうまくやっていけそうだったから、あたしも安心したの。
 デビュー曲も決まって、レコーディングの日程がはっきりすると、三人で一週間、伊豆の方に合宿にも行ったりしていたわ。デビュー曲は有名な或るソングライターが曲を創って、それから専門の有名なアレンジャーもついて、事務所としては結構力を入れてその三人を売り出す算段だったらしいのよ。矢岳君としては曲も自分でやりたかったようだけど、事務所の方針でそうもいかないのが、ちょっと残念だったみたいだったけど。
 それでもその頃の矢岳君は、本当に活き々々していたわ。なんかあたしとの生活の、なんでもない普段のちょっとした動きまで、妙にきびきびしているの。気持ちが段々張りつめてきて、少しもじっとしていられないって感じだったかしら。あたしそんな矢岳君を見るのが好きだったわ。なんかこっちまで、気持ちが高揚してきてさ。・・・>

 沙代子さんは摘みあげた草を今度は前に投げないで、料理人が指を小刻みに動かしながら肉の上に塩をふりかけるような仕草で、自分のもう一方の掌に落とすのでありました。細かい針のような葉が沙代子さんの小さな掌の上に、とても小さなバッタが群れているように散らばるのでありました。沙代子さんは暫く自分の掌を見た後、両の掌を軽く擦りあわせて上に載った草を掃い落とすのでありました。御船さんはその草が足を折り曲げて座った沙代子さんの膝の横に落ちるのを、なんとなく観ているのでありました。
(続)
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