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大きな栗の木の下で 36 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 だから、矢岳君は必ず成功する人だって、案外あたし呑気に将来のことを考えていたの。矢岳君が云うように、レコードさえ出せば、矢岳君の才能に加えて、そんな律義さとか誠実さとかが、業界の中でもファンの間でも肯定的に働いて、万事が上手く動き出すんだろうなってさ。まあ、そんな甘いものじゃ、実際はなかったんだけど。・・・>

 沙代子さんが草を前に投げるのでありました。御船さんはその軌跡を目で追うのでありました。宙に舞う草がほんの一瞬太陽にキラキラと輝くのでありましたが、沙代子さんの腕力の不足と、草の投擲物としての重量の儚さから、それは御船さんのほんの目の先で地に舞い落ちて、栗の古木の蔭の外には決して出て行かないのでありました。
「まあ、そう簡単にレコードなんて出せないんだろうなあ、俺はその業界と云うか、その方面のことはなにも知らないんだけどさ」
 御船さんが云うのでありました。
「あたしも全然詳しくはないんだけど、矢岳君の話によると、パッと注目を浴びてすぐにレコードを出して人気が出るなんて人は、余程の人じゃない限り先ずいないんだそうよ。そう云うのはデビューした後に、事務所とかレコード会社がそう云う物語にして、世間の耳目を集めようとかする作られた戦略が殆どなんだって。地道に事務所の理不尽な扱いなんかにも耐えて、一言も文句を云わないでひたすらお声のかかるのを待って、その間どれだけ事務所に貢献するかに大概の場合は因るんだそうよ。それにお声もかからない儘、消えていく人が殆どなんだって」
「まあ、多分そんなもんかなあ。どう云う仕事であれそう云った面はあるだろうし、厳然たる力関係とか、古い仕来たりとか風習のような部分も、大いにあるだろうし」
 御船さんはそう云ってまた寝転ぶのでありましたが、矢張り一定時間以上、同じ姿勢を保つのが未だにしんどいからでありました。「しかし兎に角、レコード出して、晴れて沙代子のご両親に二人のことを報告するのが、当面の沙代子と矢岳と云う男の一番の課題だったと云うことになるか」
「まあ、あたしはさっきも云ったように、それを焦ってもいなかったし、案外楽天的に考えていたんだけど、矢岳君の方はそのことが大きな懸案だったみたい」
 沙代子さんはそう云いながらまた俯いて草を摘むのでありました。

 <で、やっと、矢岳君にレコードの話がきたの。でもそれはソロじゃなくて、三人でグループを組んでデビューするって話だったの。矢岳君はずっとソロで活動してきたし、そう云うのは自分の描いていた見取り図とは違っていたから、かなり抵抗があったみたい。その三人が、音楽上でも活動上でも、同じ指向を持っているかどうかも判らなかったし。
 でも、矢岳君としては取り敢えずレコードを早く出したかったから、不本意だったけどその話に乗っかることにしたんだって。一枚でもヒットが出れば、その後ソロ活動って云う展開もあるから、なんて云っていたわ。その三人は、一応顔は知っていると云う程度だったらしいわ。一人とはなにかの折りに、一緒のステージに立ったことがあったのかな。
(続)
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