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大きな栗の木の下で 31 [大きな栗の木の下で 2 創作]

「あんまり他の人に無闇に電話番号教えるなって、両親からも云われていたしね」
 沙代子さんが云うのでありました。
「でも若し俺に知らせておいてくれたなら、色々合気道部の用事とか、沙代子にも頼めたのにな。ま、今頃云っても詮ないことだけど」
「あたし、御船君には教えていたとばっかり思っていたけど、教えてなかったっけ?」
「うん、聞いていないぜ。さっきも云ったように」
 御船さんはそう云いながら草を多目に毟るのでありました。「いやまあ、何度も云うけど、今更別にどうでもいいんだけどさ」
 御船さんはそう云って沙代子さんに笑って見せるのでありました。沙代子さんが電話番号を自分に教えていた積りであったことが、ちょっと救いではありましたか。限られた者にしか与えられない沙代子さんの部屋の電話番号を知る特典を、行き違いはあったにしろ、本来自分は獲得してはいたと云うことになるのでありましたから。ま、沙代子さんのその話を素直に信じればではありましたが。

 <で、矢岳君とあたしのアパートで殆ど一緒に暮らしているなんてことは、勿論ウチの両親には秘密だったのよ。ウチの両親は偶に上京して来ることとかがあって、そんな時は困るから、矢岳君は友達の家に殆どの荷物を置いていて、必要なものだけウチに持ってきていたの。それに両親が来る時には、矢岳君自身もその友達の家に泊まりにいったりして。矢岳君、あたしと暮らし始めて暫くしたら、自分のアパート引き払って仕舞ったのよ。
 両親の上京のこともあるから、あたしはそんな時のために一応、自分の部屋を確保しておいた方がいいんじゃないかって云ったんだけど、それじゃ経済的に勿体ないし、偶にと云うことだったら、自分がその時だけ外に行っていれば済むんだからって云うの。実際、矢岳君はそんな時は、案外気軽そうに、そうかいなんて云って外で泊まったりしてくるのよ。度重なるとそんなことしているのが億劫になるだろうって、あたし思ったりしたんだけどさ、そうでもなくて、ごく自然に、て云うのか、当たり前のように外に出て行くの。
 まあ、矢岳君は音楽の活動もあったし、絶えずアルバイトはしていたんだけど、そんなにアルバイトに精を出すってわけにもいかなかったから、収入は少なかったの。だから部屋代は前の儘ずうっとあたしが払っていて、申しわけなさもあったんだと思うけど、矢岳君はそう云う面倒にも不満を云うこともなかったわ。
 まあそんなこんなで、あたしの両親の上京とか、矢岳君の音楽活動とかアルバイトの都合で少しの間二人離れることはあったけど、でも概ねあたし達二人の生活は甘くて幸せなものだったと思うの。学校帰りに二人で近所のスーパーで買い物したり、偶に二人で映画に行ったり、アパートから歩いて行ける公園なんかをぶらぶら散歩したり。それから他の大学の学園祭とか、矢岳君が前座として出るコンサートをあたしが観に行ったり、時々矢岳君のアルバイトのお金が入ると、二人で外で少し豪華な食事をしたり。
 矢岳君は一人暮らしの時から、色んなアルバイトしていたの。ビルの管理会社で掃除のアルバイトとか、居酒屋さんとか、カラオケの設置の助手みたいなこととか。
(続)
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