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「四月廿九日。祭日。陰。」8 [「四月廿九日。・・・」 創作]

 男は頁の前の方の記述を見るのでありました。六日前の記述は二行に渡って書いてあるのでありました。「四月廿三日。風雨纔に歇む。小林来る。晴。夜月よし。」
 この日は久々に大黒家から帰った後の腹痛の四時間余りを除いて、終日、比較的気分が良かったのでありました。日付と天候以外にもなにか書き添えたい気になるのでありました。しかしそれでも二行書くのが精一杯なのでありました。しかも月日の後にその日の天候を書き記すのが慣わしなのでありましたが「小林来る。」まで書いて、天候の記述を忘れていることに気づいて慌ててその後に「晴。」と記すのでありました。
 しかし考えてみれば日付の後に「風雨纔に歇む。」と記したのでありましたから、なにも「晴。」を態々書き足すこともないと思うのでありました。それでも「風雨纔に歇む。」はどこか明確さに欠けているのでありました。「晴。」を書き足したのもそう不自然でもないかと考えなおすのでありました。ただ「小林来る。」の後に記したのは明白な手抜かりであると思うのでありました。やはり日付のすぐ後にこれは記すべきものなのでありました。これで、今迄厳格に保ってきた日記の体裁上の統一が一気に崩れたような気がして、男は顔を顰めるのでありましたが、しかし書きなおす気力は湧いてこないのでありました。
 その日小机に向かう前に何時も通りに苦労して雨戸を戸袋から引っ張り出している時、ふと見上げた夜空に、月が浮かんでいたことを思い出すのでありました。男は「夜月よし。」の文字を「晴。」の後に記すのでありましたが、それはなにやら乱れた体裁を取り繕おうとしている意が現れたように、少し文字が小さくなるのでありました。以前に、浅草の尾張屋の便所で転倒した時の恥ずかしい記憶が、不意に蘇るのでありました。布団に入った後、男は四十二年間書き続けてきた日記に、ここにきて明らかな瑕疵をつけてしまったような気分に苛まれて、その日はなかなか寝つけなかったのでありました。
 しかしそんなことはないのでありました。初期の文にも数年前のものにも、天候の記述のないものが結構あるのでありました。天候を記すのが日記の重要目的では全くないのでありましたから。ただ男は老いと頑なさから、それをもう忘れているのでありました。

 六日前の気分を、男は頁を見ながらぼんやり思い出しているのでありました。男はペンを筆置きに戻すのでありました。それからインキ瓶に蓋をするのでありました。「四月廿九日。祭日。陰。」と本日分をそれだけ書いた日記を閉じるのでありました。
 そうだ印税の領収書を明日新潮社に郵送せねばと男は思い出すのでありました。男は再びインキ瓶の蓋を開けて、ペンを取り上げるのでありました。日付は明日の郵送であるから四月三十日として、署名し、最後に力の入らない指で印鑑を押すのでありました。次に男は文箱の中を掻き回して長四号の白封筒を引っ張り出すのでありました。それに時間をかけて表書きして、息を吹いて封筒を膨らませてから書き上げた領収書を中に入れるのでありました。明日郵便局に持って行く積りでありました。
 再びインキ瓶の蓋を閉めながら、男は窓の方を見るのでありました。未だすっかり暮れてはいないのでありました。小机の上に置いてある古い懐中時計もその横の腕時計も、六時を少し過ぎた時刻を指しているのでありました。
(続)
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