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家が建つぞ(1) [時々の随想など 雑文]

 拙生が小学校六年生の時に父親が家を建てたのでありました。それまで住まっていたのは二軒長屋のような造りで、元々義伯父の所有になる古い家でありました。そこに義伯父一家と拙生の家族が住んでいたのでありましたが、義伯父一家が離れた郊外に引っ越すと云うので、土地と建物を拙生の父親が買い取って古屋を解体して新しい家を新築するのでありました。父親は佐世保重工業の下請け仕事をする小さな設計会社をやっていて、丁度日本経済が高度成長を続けている頃で造船業も随分と羽振りが良かったのでありました。
 古い家には北向きの六畳間が在って、そこには一間半の縁側がついているのでありました。ここに父親が会社から持ってきた机を置いて、それが拙生の勉強机となっているのでありましたが、その一間半の縁側が拙生の占有空間なのでありました。拙生としては、ここはここでなかなかコンパクトな良い空間であると気に入っていたのでありましたが、しかし如何せん手狭の誹りは免れ難く、新しい家が建つともっと広い自分のちゃんとした部屋が与えられるはずであると大いに期待に胸を躍らすのでありました。
 二軒長屋の隣には初老の寡婦と、もう中年に達した末娘が二人で住んでいて、日頃から我が家とは懇意にしていたのでありましたが、この隣家の二階は六畳と三畳の二間とそれに台所のついた貸し部屋となっているのでありました。それが丁度空いたものだから、拙生の一家は新しい家が出来上がるまでそこへ住まわせて貰うのでありました。家財道具の入り切れない物は下で預って貰えるのでありました。
 古い家が解体されて建築工事が始まると父親は毎日早めに会社を切り上げてきて、隣の敷地で繰り広げられている工事を熱心に監督するのでありました。なんとなく面白そうであったから拙生も勝手に監督助手を買って出て、父親について新しい家の建ちあがって行く様を、真新しい白木の柱を撫でながら見守るのでありました。
 基礎のコンクリート打ちから棟上げまでは順調に推移し、上棟式には拙生も屋根に上がって祝い餅を投げたりしたのでありました。近所の人やら同じ小学校に通う同級生、下級生、或いは中学生達の見上げる中、その連中の頭上に餅をふり播くなんと云う儀式は、拙生をなんとなく晴れやか且つ誇らかなる気分なんぞにさせるのでありました。
 さて、その後の工事が滞るのでありました。それは壁塗り仕事が全く捗らないためでありました。六十年配で小柄な大工の棟梁の娘婿に当たるのが左官で、こちらは立派な体格をした子供の目には少々怖いような風体と言葉つきの人でありましたが、この人が酒に目がない性質でついつい毎日過ごして仕舞って、飲むと次の日の仕事には全く出て来ないものだから壁塗りが捗らないのだと云う話でありました。
 大工の棟梁はこの件に関して請け負った工事会社の担当にも拙生の父親にも、頭の下げ通しでありました。しかしこの棟梁、働きぶりが律義で仕事にそつがなく大層腕の良い職人さんで、下の者から心服されている信頼に足る人物だと云うことなので、その人柄に免じて、娘婿の左官の了見違いも少しは大目に見られるのでありました。棟梁に任せていれば屹度上手く運んでくれると、工事会社も父親も万事棟梁の差配に任せてつべこべと口出しをしないのでありました。まあ、今なら工事の進捗には結構神経質なのでありましょうが、当時はなんとなく発注側も請負い側も鷹揚な風であったのでありましょうか。
(続)
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