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石の下の楽土には 92 [石の下の楽土には 4 創作]

 墓地の中には街路灯がないのでありました。墓地は夕方五時が閉園時間であると前に島原さんから聞いていたのでありました。夜間は誰も居なくなるのでありますから、燈火の設備がないのでありましょうか。拙生は懐中電灯をポケットから取り出すのでありました。
 山の斜面に在る墓地でありましたから、墓石の建っている処まで行くには、先程歩いて来た街路樹のある坂道よりももっと急勾配に拵えられた路を、少しの距離上らなければならないのでありました。拙生は懐中電灯の灯りを頼りに、車が辛うじてすれ違える程の幅員の、少しうねった路を上るのでありました。
 路を登り切ると二階建ての管理事務所の建物があるのでありました。玄関灯と傍の電柱に取り付けられている灯りが、ぼんやりと建物の入り口を照らしているのでありましたが、建物の中の灯りは総て消えていて、人の気配は全くないのでありました。拙生は入り口の、硝子の嵌められたアルミサッシの引き戸に手をかけるのでありました。幸運にもそれは鍵がかけられておらず、軽い手応えで滑るのでありました。
 中は十畳程のコンクリートの土間に机とパイプ椅子が置かれていて、そこは待合室兼休息室として使われているのでありましょう。懐中電灯で四方の壁を照らすと、横手の壁の清涼飲料水の自動販売機の隣に、墓地の大きな見取り図がかけてあるのでありました。室内灯をつけるのはなんとなく憚られたから、拙生は見取り図の傍に寄って、それを懐中電灯で照らすのでありました。
 墓地の中には、島原と云う名前の墓が六基程在るのでありました。拙生はその二つ横に松浦と云う姓の墓を探すのでありました。娘の名前は前に島原さんから聞いているのでありました。この二つがセットになっていれば、即ちそれが拙生の探している二基の墓なのでありました。
 目指す二基の墓は、管理事務所の建物から一番遠くの区画に在るのでありました。拙生は位置をしっかり確認して、建物を出るのでありました。
 墓地は山の木立の中に在って周囲の空間から閉ざされ、一帯に民家が迫っているでもなく、若し拙生の不審な行動が目撃されるとしたら、それは空からしかなかろうと思われるのでありました。しかし矢張り後ろめたいことをしていると云う自覚が在るものだから、拙生はなるべく静かに建物の引き戸を閉めて、懐中電灯の明かりもなるべく遠くに投げずに、すぐ先の地面だけを照らすようにして、足音を忍ばせて墓地の中の小路を目指す墓まで歩くのでありました。
 夜の無人の墓地でありますから、拙生はなにかおどろおどろしい雰囲気を想像して、心中大いに怖じていたのでありましたが、拙生の持つ懐中電灯に時々照らされるものは、表面を綺麗に磨かれた単なる方形の石の等間隔な羅列であり、それはむしろ整然としていて美しくもあると思うのでありました。それに周囲の山の木々が茂る光景よりは遥かに人工的であって、その意味では人の体温を仄かに発している光景なのでありました。別に、たじろぐ程のことはまるでないのでありました。
 拙生は小路を登り降りして、漸く目指す区画に行き着くのでありました。三列目の六番目の墓石と八番目の墓石の名前を、拙生は懐中電灯で照らして確認するのでありました。
(続)
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