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石の下の楽土には 90 [石の下の楽土には 3 創作]

「どうですか、新入りのアルバイトは?」
 それから暫くして、暖簾を出す前に拙生は小浜さんに聞くのでありました。最初の二日間だけ、要領を教えると云うことで拙生は彼と一緒に仕事をしたのでありましたが、その後は顔をあわせることはなかったのでありました。
「ま、意欲的にやってるよ」
 小浜さんが応えるのでありました。「でも、あいつはなんとなくやる事ががさつだし、ちょっとおっちょこちょいだな。変に気が短いところもあるし。云うことも妙に怖いもの知らずで鼻につくけど、しかしまあ、未だ歳も若いからそれは仕方がないかな。元気一杯で、小柄だけど体力はあるし、声は大きいし、料理人としてはダメだと思うけど、案外水商売向きかも知れないよ、あれは」
「へえ、そうですか。声が大きいのは、今の『雲仙』向きかも知れませんね」
「それ、どう云うこと?」
 拙生にそんな積りはなかったのでありましたが、小浜さんは拙生の言葉に小さな棘を見つけたようでありました。少々不用意な発言だったと拙生は悔やむのでありました。
「いやまあ、自分がこの店で働きだした頃よりは、今の方が随分と活気があると思ったんですよ。お客さんも増えたし」
「店の雰囲気なんて云うのは、こっちが押しつけるもんじゃなくて、お客さんに創って貰うもんだよ。こう云った、盛り場にある店じゃない場合は、特にね。出入りするお客さんの絶対数が決定的に足りないんだから、この街では。そりゃあ、こんな感じの店でやっていきたいとか云うこっちの思いはあるけど、そればかりじゃあ、到底上手くいかないさ。俺や俺の料理に、客を惹きつける強烈な魅力があれば別だけどね」
「いや、別に今のこの店をどうこう云っているわけじゃないんですよ」
 拙生は穏やかな声で弁明するのでありました。「ただ、島原さんは今のこの店には、屹度入り辛いだろうなと思うわけですよ」
「島原さんねえ」
 小浜さんはそう云って暫く考えるように小首を傾けた儘、自分の腕時計をぼんやり見ているのでありました。「そう云えば、この頃ちっとも来ないなあ」
 これはこの店の現状について拙生とこれ以上あれこれ云いあわないための、小浜さんの話題転換なのでありました。
「どうしているんでしょうね、この頃は?」
 拙生もこんな云いあいは不本意にも大儀にも思えものたから、小浜さんの話題転換に乗るのでありました。「小浜さん、島原さんの住所とか聞いていませんか?」
「いやあ、特には」
「ああそうですか」
「頻繁に来てくれていた客が、急にパッタリ来なくなるのは、まあ、よくあることだからな。一々気にしていてもどう仕様もない。島原さんが来たいと思ったなら、その内また来ることもあるだろうさ」
(続)
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