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石の下の楽土には 86 [石の下の楽土には 3 創作]

 しかし島原さんにとってはその推理こそが唯一リアルな、娘が島原さんの前に現れなくなった理由なのでありました。それは苦笑った後に島原さんが、酒を注がれるのを拒むように猪口を両手で包むように持った儘、俯いてなにも喋らなくなったその痛々しい姿ではっきり拙生には判るのでありました。島原さんの、恐らく持て余すような頑迷さで強固に鎧われた、悲観的で絶対的なその突拍子もない思いこみを覆すことは、幾ら拙生が情理を尽くして、他の妥当と思われる可能性や楽観的な観測を色々提示出来たとしたところで、全く以って無理であろうと思われるのでありました。
 重苦しい沈黙が続くのでありました。もう口を開かなくなった島原さんを、拙生は徳利を持った儘何時までも見下ろしているしかないのでありました。
「若し万が一そうであるなら、ですよ」
 拙生は遂にその沈黙に堪えかねて、恐る々々言葉を放つのでありました。「そうであるなら、それは娘が自殺したと云うことになるわけだから、もう間にあわないでしょうけど一応、救出と云うことを考えなければいけませんよね、そうと気づいた以上。それから救出が手遅れであったとしても、それでも事件性みたいなものはありますから、その島原さんの推理を警察かなにかに話して、何らかの解決を図らなければならないんじゃあ、ないでしょうかね」
「警察が、信じてくれるかね?」
 いや到底信じてはくれないでしょうと拙生は口の中で云うのでありました。拙生が信じられないくらいだから、島原さんに対して拙生よりは敬意や遠慮の気持ちが薄い警察が、そんな推理を親身になって聞く筈がないのであります。しかしそんなことを云うところを見ると、島原さん自身もその自分の推理を、一般的には突拍子もないものだとちゃんと判っていると云うことでありましょうか。
「まあ、なかなか信じては、くれないでしょうね」
 拙生はそう小さな声で云うのでありました。
「それにそうやって周りが大騒ぎするのは、娘の意に反することのような気が、私にはするんだよ。娘はこの世の殆どの人から忘れられた存在だったし、娘自身もそう云う存在で居ようとしていたわけで、その娘が自分の意思で墓の中に入って仕舞ったのなら、それはそれである種の厳粛な完結なんだとも思えるし。余計な真似をして騒ぐのは、それは娘の選んだ完結を、私が穢すことになるような気もするんだよ」
 島原さんが云うのでありました。
「ああ、そうですか。・・・」
 拙生はなんとなく、島原さんが対処の行動をしない理由に、自分の確信に対する潔さみたいなものが不足しているような気が一方でするでありましたが、しかしそれは云わずに続けるのでありました。「島原さん自身は、それを確認することはしないのでしょうか?」
「確認?」
 島原さんは少したじろいで、拙生の言葉を繰り返すのでありました。「それは、私にはとても出来そうにないよ、怖くて」
(続)
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