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石の下の楽土には 84 [石の下の楽土には 3 創作]

 島原さんはそう云って猪口から手を離すのでありました。
「いやあ、それは、・・・どうでしょう」
 拙生は島原さんが離した猪口に酒を注ぐのでありました。娘が墓の中に入って仕舞った等と云うのは、幾らなんでも余りに突拍子もない思いつきではないでしょうか。
「そんなのは、突拍子もない考えだと思うかい?」
 拙生は思わず「はい」と即答しかけるのでありました。しかし島原さんの真顔を見ていると、島原さんにとってはかなりリアリティーのある思いつきであることが判るのでありました。だから無下に否定するのは、如何にも礼儀知らずのふる舞いのように思えるのでありました。先程の笑いと同じに、拙生はこの「はい」も懸命に腹の中に飲み下すのでありました。
「うまく島原さんの思いこみ、いや推察が頭の中に落ち着かないんですが、詰まり、どう云うことなんでしょう、娘が墓の中に入って仕舞ったと云うことは?」
「だから、アルバイトも上手く見つけられないし、そうなると差し迫った生活の困窮を解決する目途も立たないし、先の希望も見出せないし、大体がそんなに生きる意欲も、この世への未練もなかったし、自分が生きている意味が遂に消え失せたんだと、娘はここにきてはっきり悟ったんじゃないかな。だから、家族の居る墓石の下の楽土に行こうって、そう考えたんじゃないのかな」
「詰まり、娘は自分も墓の中に入ってもう出て来ない決意をしたと、そう云うことですか?」
「なんか、娘が結局そう云う結論を得るのは、彼女のお母さんが亡くなって仕舞った時に、なんとなくもう、決まっていたような気がするんだよ、今から考えると」
「ちょっとあからさまな云い方になりますが」
 拙生がそう前置きするのは、なんとなく島原さんがそんな直截な言葉を聞きたくないのではないかと気を遣うからでありました。「娘は墓の中に入って、自殺を試みたと云うことですかね、それは要するに」
 その拙生の言葉に、島原さんはようやく判るか判らないか位の、ごく僅かな頷きの動作を返すのでありました。それからすぐに拙生から目を逸らすのでありました。
「しかしですよ」
 拙生は続けます。「そんな昔の即身成仏みたいなことが、娘に出来るんですかね」
「例えば睡眠薬とかを使えば、そんなに苦痛はないかも知れない」
「娘に睡眠薬を手に入れる手段があるんですか?」
「いや、そこら辺は私には全く判らないけれど」
「いやいや、それよりそもそも、その墓の納骨棺は人一人が入れる大きさなんですか?」
「入れると思うよ。身を丸くして縮こまれば」
「なんとか重い蓋を開けて、身を縮めて中に入りこんで、それからまたその重い蓋をぴったり閉めてと云う作業が、本当に娘一人で出来るんですか?」
 島原さんはそれが娘に本当に出来るかどうか、多分もう既に何度も考えたことでありましょうが、もう一度頭の中でじっくり検証するように目を閉じて黙るのでありました。
(続)
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