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石の下の楽土には 78 [石の下の楽土には 3 創作]

「熱燗のお代わりを、もう一本つけますね」
 拙生がそう島原さんに云うのでありました。
「いや、お酒も結構ですよ」
「そう仰らずに」
 拙生は云いながら、もう酒タンポに日本酒を注ぎ入れているのでありました。「こんな若造が相手じゃ面白くもないでしょうけど、この後は静かにゆっくり飲めますから、今日は久しぶりにいらしたんだから、どうぞ存分に召しあがっていってくださいよ」
 島原さんには今なにやら懸案があって、それを考えの上で解決するには、恐らく酒の力が要るのだろうと拙生は踏んだものだから、そう云って引き止めるのでありました。家に居て一人で考えの堂々巡りに陥っているのが、島原さんは嫌なのではないかしら。だから屹度、今日ここに現れたのであります。
「どうぞ、お酒だけで構わないなら、ゆっくりやってください」
 小浜さんが云うのでありました。それに拙生が用意しているお代わりの徳利がぼちぼち湯気を立て始めたものだから、島原さんはそれならば言葉に甘えてもう少しばかり落ち着こうか、と云う素振りを見せるのでありました。
 調理用具一式の後片づけを終えた小浜さんが、カウンターの下からその日の売上の入った手提げ金庫を取って、店の奥に設えてある一坪程の倉庫兼更衣室に引きさがるのでありました。暫くすると小浜さんは私服に着替えて出て来るのでありました。
「ほんじゃあ秀ちゃん、店を頼むね」
 小浜さんが拙生に云うのでありました。
「了解しました。後は任せてください」
「島原さん、それじゃあ今日は、アタシは申しわけないですがこれで失礼させて貰います。どうぞ秀ちゃん相手に、ゆっくりしていってくださいね」
「はい有難うございます」
 小浜さんは島原さんに礼をして、それから拙生に片手を上げてから引き戸に片手を添えるのでありました。
「ああそうだ、暖簾はもう仕舞って置こう」
 小浜さんはそう云うと引き戸を空けてから外の暖簾を外して、それを戸の内側にかけ直して、もう一度店内に片手を上げて見せるのでありました。
「ほんじゃあ、楽しんできてください。他の人と張りあって飲み過ぎないように」
 拙生が出て行こうとする小浜さんの背中に声をかけるのでありました。小浜さんが背中を向けた儘また手を上げて、掌を横に二三度振るのはさようならの挨拶代わりなのでありましょう。小浜さんが閉める戸の音が消えると、店内は急に静かになるのでありました。
「気兼ねなく、ゆっくりしていってくださいね」
 拙生が島原さんに声をかけると、島原さんは口元を綻ばせて一つ頷くのでありました。「そうだ、なにもないのは如何にも無愛想だから、アタリメでも焙りましょう」
 拙生はそう云って冷蔵庫からスルメを取り出すのでありました。
(続)
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姥桜のかぐや姫

島原さんの事が気になるこの頃です
更新楽しみに致して下ります。
by 姥桜のかぐや姫 (2011-01-22 16:56) 

汎武

姥桜のかぐや姫さん、
実は拙生も色んな意味で、島原さんの事は
気になっているのであります。・・・
by 汎武 (2011-01-22 20:21) 

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