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石の下の楽土には 76 [石の下の楽土には 3 創作]

「島原さんを、カウンターに呼びましょうか?」
 拙生は三人が去ったカウンターの上の徳利や猪口や料理の皿を下げて、濡らした台拭きで周りを丁寧に拭きながら小浜さんに聞くのでありました。
「そうね、ちょっと声をかけてきてくれないか」
 小浜さんに云われて拙生は島原さんの席へ向かうのでありました。
「カウンターが空きましたから、良かったらいらっしゃいませんか?」
 拙生が促すと島原さんは一つ頷いて椅子から立ち上がるのでありました。
「随分ご無沙汰でしたね」
 島原さんが何時ものカウンターの席につくと小浜さんが話しかけるのでありました。
「ええ、ちょっと」
 島原さんは力なく笑ってそう云った後、小浜さんから目を逸らすのでありました。「体の調子が少し優れなかったものだから」
「もう大丈夫なんですか、お体の方は?」
「ええ、もう。・・・」
「風邪かなんかですか?」
「まあ、そんなようなものです」
「お声の調子が何時もと違うようですけど」
 小浜さんにそう云われて島原さんは唾を飲みこむ仕草をするのでありました。
「いや、もう大丈夫なんです」
 その声も弱々しい感じで、あんまり大丈夫な風ではないのでありました。
「鍋焼き饂飩、どうします?」
「ええ、今日は遠慮しときましょうかね、申しわけありませんが」
「そうですか」
 小浜さんはそう云って島原さんの表情をそれとなく窺うのでありましたが、それは島原さんが鍋焼き饂飩を本当は好きではないのではないかと、探るためのようでありました。
「なんなら、湯豆腐かなにかお出ししましょうか?」
「そうですね、どうせなら、冷や奴の方がいいかな」
 島原さんは遠慮がちに云うのでありました。
「判りました。それからお酒のお代わりは、どうしましょう?」
「ええ、それじゃあ、お願いします」
 そこで島原さんと小浜さんの会話は途切れるのでありました。小浜さんはなんとなくそれ以上は話しかけ辛そうにその儘黙って、冷蔵庫から豆腐を取り出して来て冷や奴を作るのでありました。島原さんも目を上げないで、カウンターの上に置いた猪口を持った自分の手を見ているのでありました。
 この気まずい雰囲気はなんなのだろうと拙生は考えるのでありました。島原さんの体調が優れないためでありましょうか。それとも小浜さんの今までとは違ったどことなく冷えのある対応を、島原さんが敏感に察知して戸惑っているためなのでありましょうか。
(続)
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