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石の下の楽土には 74 [石の下の楽土には 3 創作]

「俺が行かなきゃ、話にもなにもならんだろうよ」
 薬屋の主人はそう云いながら小浜さんの酌を猪口に受けるのでありました。
「そりゃそうでしょうなあ。あのママに一番入れ上げてるんだから、茂木さんは」
「そんな云い方じゃなくて、相思相愛と云ってくれよな」
「そりゃどうだか」
 高来さんが口の中の酒を吹き出すように笑うのでありました。
「で、オヤジは行くの、行かないの?」
 薬屋の主人は高来さんの笑い声を無視して小浜さんに聞くのでありました。
「そうですね、アタシはこの店がありますから、ここを仕舞ってから、ゆっくり後で伺いましょうかね。皆さんがもう出来上がっている頃」
「どうせ朝までやってんだから、それでも別に大丈夫か」
「丁度ママが皆さんのあしらいに厭いた頃、目先変わりの新手として伺うと云う寸法です」
「そんな拙いオヤジの計略通りになんか、なるもんかい」
 薬屋の主人が持っていた徳利を傾ける仕草を止め、片頬を釣り上げて自信たっぷりの笑い顔を作ってから鼻を鳴らすのでありました。
 ・・・・・・
 島原さんは全く顔を見せなくなるのでありました。拙生は心配で大いにやきもきするのでありましたが、小浜さんはと云うと意外にあっさりとしているのでありました。
「来る来ないは、お客さんの勝手だからなあ」
 小浜さんはそう云うのでありましたが、なにやらそれは拙生には少々冷淡過ぎる云い方に聞こえるのでありました。尤も、今のカウンター席は薬屋の主人一派に占拠されているような按配でありましたから、島原さんが店に現れたとしても、なんとなくカウンターには居辛いかも知れません。小浜さんも薬屋の主人一派の相手に忙しいだろうし、それに小浜さん自身も島原さんを相手にしているよりは、今では薬屋一派の相手の方が楽しそうでもありましたし。また、残念ながら拙生ごとき若造では島原さんの相手はそう長く出来そうにもないし。・・・
 そうやってもう一週間程が過ぎ、この『雲仙』と云う居酒屋に島原さんの姿がないのが常態となったような気分になった頃、調律の狂ったギターが突然外れた音を上げるように、島原さんの両手がこの店の暖簾を遠慮がちにかき分けるのでありました。拙生と小浜さんは思わず顔を見あわせるのでありました。以前の島原さんが現れる時間よりは、かなり遅い時間でありました。
 島原さんはカウンター席で薬屋の主人一派がワイワイやっているのを見て、カウンターに席を取ろうかどうか迷うような素振りを見せるのでありましたが、しかしそれを諦めて、以前に座っていた壁際の二人がけのテーブル席に、カウンターに背中を向けるように座るのでありました。拙生は急いでカウンターを出て、島原さんが座った席に行くのでありました。島原さんは横に立った拙生を見るのでありましたが、何時ものように笑いかけることもなく、寧ろなにかに怯えたような色をその両目は湛えているのでありました。
(続)
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