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石の下の楽土には 64 [石の下の楽土には 3 創作]

 それにしても島原さんは今日はどうしたのかしらと、拙生はテーブル席から下げてきた皿や猪口や徳利を洗いながら思うのでありました。もしかして悪い風邪でも拗らせて、寝こんでいるのではないでしょうか。如何せん老人なんだから何時なにがあるか判らないしと、拙生は別に胸騒ぎもなにも感じないで考えたりするのでありました。まあ、胸騒ぎしないからまさかそう滅多なこともないでしょうが、しかし何時も居る人の顔が見えないと云うのは、どこか引っかかるものであります。明日は何時もの時間に、この店に現れてくれると良いのでありますが。
 ・・・・・・
 島原さんは三日間『雲仙』に現れないのでありました。そうして四日目にようやく何時もの時間に片手で捲った暖簾から、元気そうな顔を覗かせるのでありました。
「おや、どうされてたんです?」
 小浜さんがカウンター席に座った島原さんに聞くのでありました。
「ええ、千葉の親類が亡くなったものだから、その通夜と葬儀に行っていたんですよ」
「ああ、そうでしたか」
「私の従弟に当たるんですが、私より二つ年下なんですよ。まあ、少し前から病院に入院していたんです。上顎洞癌とか云うんで一年前に大変な手術をしましてね、面相が随分変わってしまいましたよ。そのすぐ後に膵臓に転移が見つかって、抗癌剤とかやっていたんですが副作用がひどくて、もう対症療法しかないような状態だったんです。それでこの前再入院になって、それからそんなに経っていないんですが、遂にね」
「それはお悔やみを申します」
 小浜さんが畏まって島原さんに頭を下げるのでありました。それに倣って拙生もすこし遅れて低頭するのでありました。
「初七日まで済ませたので、今度は四十九日にまた行かなければなりません」
「お風邪でも召されて、寝こんでおられるんじゃないかって、秀ちゃんと心配していたんですよ」
 小浜さんはそう云いながら拙生を見るのでありました。「秀ちゃんがお宅へ伺ってみようかとか云ったんですが、それもなんか不躾なようだし、それに第一ご住所をはっきり存じ上げないものだから」
「ああ、心配して頂いて恐縮です。私も電話でもしようかと思ったんですが、考えたらこちらの電話番号を知らないし、それに態々、大勢の中の単なる一人の客でしかない私から伺えないと電話するのも、なんか如何にも余計なことかと思ったものですから」
「まあ、ご無事なお姿を見て安心しましたよ。ご親戚がお亡くなりになったと云うのにこんなことを云うのも、あれなんですが」
 小浜さんが遠慮がちな笑いを島原さんに向けるのでありました。
「いや、有難うございます。昨日の夜は家に帰って来てましたから伺えたんですが、疲れちゃってね。今日は昼まで寝ていましたよ」
 島原さんはそう云って顔を一つ撫でるのでありました。
(続)
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コメント 2

ダイナ

ナイスありがとうございます(*^^*)
by ダイナ (2010-12-26 12:18) 

汎武

いえいえ、こちらこそ。
by 汎武 (2010-12-26 13:18) 

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