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石の下の楽土には 63 [石の下の楽土には 3 創作]

 薬屋の主人は時津さんの頭を軽く叩くのでありました。
「時津さんも、あのママにぞっこんの口ですか?」
 小浜さんが聞くのでありました。
「妙に色っぽいですからね、あのママは。切れ長の目尻とか少し厚い唇とか、ちょっと化粧窶れした小鼻とか頬っぺたとか、ふっくらした顎とか喉とか、なんとなくしどけない体の線とか、妙にそそるタイプだよねあれは」
「オッパイもでかいしな」
 薬屋の主人がそうつけ足して、例の甲高い笑い声を響かせるのでありました。「お前ん処の、あのノッポでガリガリの日陰の桃の木みたいなカカアとは、全然違うよな」
 拙生はこの「日陰の桃の木」と云う喩えを聴いて、即座に以前寄席で聴いた志ん朝の『三枚起請』と云う噺を思い出すのでありました。こんな喩えは一般的な会話ではそう使わないでありましょうから、してみるとこの薬屋の主人も、意外に落語などをよく聴く人なのでありましょうか。それにしてはそのもの云いに、捌けた感じとか粋な風情がまるでない人だと拙生は思うのでありました。ま、落語を聞いていると云うだけで即ち、拙生も含めて、捌けているとか粋な人であるとは俄かに断定出来ないのは理の当然のことでありましょうが。拙生はまことに手前勝手ながら、薬屋の主人も落語好きなのかも知れないと思うと少々不快を覚えるのでありました。
「ま、ウチの女房はこの際どうでもいいとして」
 時津さんはそう云ってコップを空けると、ビール瓶を取って手に持った儘のコップの中に次の一杯を満たすのでありました。
「お二人の話を伺っていたら、こりゃあいよいよ、アタシも近々お伴させて貰わなくっちゃならなくなってきましたなあ」
 小浜さんが二人に調子をあわせるのでありました。
「なら、今度のこの店の定休日にどうだい?」
 薬屋の主人が提案します。
「是非、お願いします」
「魚釣りは行かないで良いのかい、休みの日は何時も釣りだろうオヤジは?」
「なあに、釣りは今度でなくても何時でも行けますから。それよりこうなったら『イヴ』のママの方が、断然優先ですよ」
「でも、ママは俺に気があるんだから、その辺弁えていてくれないと。スケベ心でくっついて来ても、あのママはオヤジには靡かないからな」
「そりゃあ、判るもんですか」
「お、大した自信だなあ」
「これでアタシも少し前までは、粋筋辺りを大いに泣かしてたんだから」
 小浜さんはそう云って得意げに笑うのでありました。三人の話が盛り上がるにつれて、拙生が口を出す隙間がすっかりなくなるのでありました。尤も拙生は、三人の会話に別に入りこみたくもなかったものだから、無愛想にカウンターを出るのでありました。
(続)
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