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石の下の楽土には 62 [石の下の楽土には 3 創作]

 拙生が一合桝にコップをセットしてそれに一升瓶から日本酒を注ぎ入れると、小浜さんがそれを取って薬屋の主人の前に置きます。
「へい、お待ち」
 その後拙生はビール瓶の栓を抜いて、それを時津さんの方に差し向けるのでありました。時津さんは半分程飲み残したコップの中身を一気に空けて、それを拙生の方に出すのでありました。拙生はビールをコップ一杯に注いでからそれを時津さんの前に置きます。時津さんは拙生にも顎をひょいの挨拶を返します。小浜さんが調理をしている間、薬屋の主人と時津さんは他愛もない話をしながら酒を飲むのでありました。
 薬屋の主人が兄さん格で時津さんは弟分といった雰囲気であります。薬屋の主人の随分失礼な冗談やくどいからかいにも、時津さんは心根が大らかな人のようで、ニコニコと笑って拘る風もなくあくまで下手に徹しているのでありました。こんなんじゃあ一緒に飲んでいても面白くないだろうと拙生は同情するのでありましたが、時津さんは特段それを気にしている感じではないのでありました。そんな時津さんの様子を見ながら、とても拙生には真似できない姿であると、拙生は自分の未熟を思い知るのでありました。まあ、それを成熟させようと云う気は、拙生にはあんまりないのではありましたが。しかしひょっとして将来拙生が飲み屋を営むとするなら、こう云った人に対する好悪は、持っていても臍より下に何時も綺麗に隠しておかなければならないのでありましょう。
「そう云えば『イヴ』にも全然行ってないなあ」
 時津さんが云うのでありました。薬屋の主人と時津さんの話題は何時しかスナック『イヴ』の話になっているのでありました。
「昨日、ここに『イヴ』のママと不動産屋の社長が、二人で来てたんだぜ」
「おや、それは聞き捨てにならないな」
「なあに、デートとかじゃなくて『イヴ』の若いのがアパートを替りたいらしくて、その相談と云うことだから、別に色っぽいところはなにもないんだけどな。不動産屋のスケベ心を適当に利用して、手数料でも負けて貰おうってママの魂胆だから、そう心配は要らねえよ。あのママは、俺に気があるんだから」
「ふうん、そんならいいけど。ママが誰に本当は気があるのかは、別として」
「お前見ていて判らねえのか、ママが俺に気があるってのが」
「そうかねえ。寧ろ偶にしか行かない俺に、秘かに恋焦がれてるかも知れないし。俺が行くとさ、やけに親切だしなあ」
「そんなわけがあるかい。それはお前が偶にしか行かないから、もっと来て貰って金使わせようって、ママの商売っ気に決まってるだろう。なに勘違いしてるんだよ」
「いやいや、そうでもないと思うけどなあ、俺は」
 時津さんはそう云ってニヤけるのでありました。
「馬鹿。すっかりママの術中に嵌っているお前も、全くオメデたいヤツだね。それにママが特別お前に親切な風には、俺にはちっとも見えないぜ、俺以外のヤツに対する態度と、なにも変わちゃいねえよ、お前に対しても」
(続)
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