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石の下の楽土には 61 [石の下の楽土には 3 創作]

「よせやい。そんなんじゃないよ」
 薬屋の主人はそう云って例の甲高い笑い声を上げるのでありました。
「酒屋の時津さんとは珍しいですね。滅多にいらっしゃいませんからね」
「あいつは一人でこう云う処に来るタイプじゃないしね。酒屋のくせに大して飲まないし。まあ、大勢の中に混じってワイワイやるのは好きみたいだけど」
「それがなんでまた、今日は茂木さんと差しで飲もうと云うんです?」
「ほら、あいつは養子だろう。尻に敷かれっ放しのカアちゃんと子供にやいのやいの云われながら、肩身狭く晩飯食ってばっかりじゃストレスで寿命を縮めると思ってよ、ちょっと気晴らしに誘ったんだよ。俺が一緒ならあそこのカアちゃんも、ケンちゃんが外で飯食ったり飲んだりするのを少しは大目に見てくれるからな、どうしてかは知らないけど」
「へえ、茂木さんは時津さんの奥さんに信用があるんですねえ」
「ひょっとしてあそこのカカアは、俺に惚れてるんじゃないかって思ってよ。尤も俺の方はあの手はご免蒙るけど」
 薬屋の主人は今度は少しばかり卑俗な色あいを加味して、また甲高い笑い声を上げるのでありました。拙生は薬屋の主人の、軽妙さの欠片もなく、うんざりするくらいの飛躍に満ちて、そのくせ呆れる程単純で目の粗いこう云った冗談が大いに苦手なものだから、秘かに目を逸らして、誰にも聞こえないように舌打ちなどするのでありました。
 暫くすると酒屋の時津さんが現れるのでありました。時津さんは薬屋の主人の横に腰をかけて、小浜さんから渡されたコップに薬屋の主人からビールを注いで貰うのでありました。その席は、何時もは島原さんが座っている席でありました。時津さんはいかにも腰が低いと云った感じの人で、小浜さんからコップを受け取る時も、薬屋の主人からビールを注いで貰う時も、一々ひょいと顎を前に出すような仕草で軽い挨拶を返すのでありました。
「時津さん、久しぶりですね」
 小浜さんがそう云ってつけ出しを出すと、これにもひょいと挨拶をして押し頂くように両手でそれを受け取るのでありました。
「いやあ、ご無沙汰で申しわけないですね。三か月ぶりくらいですかね」
「商売の方がお忙しいんでしょう。結構ですね」
「そうじゃないよ」
 薬屋の主人が小浜さんと時津さんの会話に割って入るのでありました。「カアちゃんに家から出して貰えないだけだぜ、こいつの場合は」
「そんなこともないけどさ。それに、商売繁盛とか云うんでも全然ないけど。ま、なんとなく足が向かなかっただけ」
「そんなことよりお前なにか注文しろよ。俺は厚揚げと焼き茄子と、一緒に日本酒を冷で」
「じゃあ、こっちはビールをもう一本。それに手羽の焼いたやつに、ええと冷や奴辺りを取り敢えずお願いします」
 酒屋の時津さんは横手の壁に貼ってある品書きの吊るし札を熱心に眺めながら、そう注文するのでありました。
(続)
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