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石の下の楽土には 60 [石の下の楽土には 2 創作]

 島原さんは一応、娘を窘めるのでありました。「自棄になっても、なにも解決しないし」
「うん、判ってる」
 娘が俯いて云うのでありました。「でも、本当にそう思わないでもないの、あたし」
「おいおい、冗談じゃないよ」
 島原さんが娘の言葉から深刻な色あいを剥ぎ取るために、同じく深刻に返すのではなく、強い云い方ではあるものの、如何にも大袈裟に、声を一調子張り上げて云うのでありました。序でに笑いも添えて。
「ご免なさい、変なこと云って心配させて。あたしが向こうに行って仕舞ったら、お墓の世話をする人も供養する人も居なくなっちゃうから、それは出来ないの。そこら辺はちゃんと判ってるのよ、あたし」
 娘が島原さんに気を遣ってか、幾らか快活にそう云うのでありました。
「その通りだよ。それに、屹度なにか見つかるよ、良いアルバイトが。アルバイトが見つかれば、当面の問題は一先ず解決するし、要するにそれだけの話なんだと考えると、なんとなく気楽になるだろう」
「そうよね、それだけの話なのよね」
 娘が云うのでありました。「でもね、・・・」
 娘はその後の言葉を続けないのでありました。
 ・・・・・・
 鍋焼き饂飩の用意をしていたのに、次の日島原さんは店に現れないのでありました。そんなことはここのところずっとなかったし、もし何かの都合で来店しない場合、島原さんは前の日に予め小浜さんに律義に云っておくのが常であったのでありますが。
「もうとっくに来てもいいはずなのに、どうしたのかね、島原さんは」
 小浜さんがそう云いながらカウンターの中から店の入口を見るのでありました。
「そうですね、変ですね。来ない時はいつも前以ってそう云ってくれてたんですがね。なんか急用でも出来たんですかね」
 拙生も入口の硝子のはめられた格子戸を見るのでありましたが、するとその格子戸が急に引き開けられて、現れたのは島原さんではなくて件の薬屋の主人なのでありました。薬屋の主人は小浜さんに片手をあげて見せ、カウンター席に座るのでありました。
「取り敢えず今日はビールね」
 薬屋の主人はそう注文して、隣りの何時も島原さんが座っている席を横目で見るのでありました。「あれ、何時もの爺さんは今日は居ないのかい?」
「ええ、今日は未だ」
 小浜さんがつけ出しの牛蒡と人参の煮しめを冷蔵庫から取り出して、小皿に盛るのでありました。拙生はボトルクーラーからビール瓶を一本取り、栓を抜くのでありました。
「おっつけ、酒屋のケンちゃんが来るよ」
 薬屋の主人は小浜さんから最初の一杯を注いで貰いながら云うのでありました。
「ああそうですか。今日はお二人で、ここでなにか良からぬ相談でもするんですか?」
(続)
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