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石の下の楽土には 55 [石の下の楽土には 2 創作]

「放ったらかしにして、申しわけありませんね」
 小浜さんが島原さんの前に移動してそう云うのでありました。
「いやいや、常連さんでしょうから、こちらにお構いなく」
 島原さんは笑いながらそう返して、茶の最後の一口を啜るのでありました。
「島原さんもご常連さんですから」
 小浜さんがそう云って頭を下げるのでありました。
「さて、私はぼつぼつ失礼しようかな」
 島原さんの言葉が終わらない内に、スナックと不動産屋と薬屋の席から、薬屋の主人の例の甲高い笑い声が聞こえてくるのでありました。ママも口を抑えて笑っていますから、なかなかに盛り上がっているのでありましょうか。尤も不動産屋の社長は内心面白くないのかもしれませんが、背中しか見えないものだからどんな顔をしてそこに居るのか、拙生は確認することが出来ないのでありました。
 その笑い声が納まってから、島原さんは拙生に代金を払って席を立つのでありました。
「じゃあ、明日は鍋焼き饂飩と云うことで。楽しみにしています」
「なにか中の具にご希望がありますか、これを入れてほしいとか?」
 小浜さんがそう聞くと、島原さんは少し考えるのでありました。
「そうですねえ、まあ、普通のやつで。・・・と云うか、私は鍋焼き饂飩にどんな具が入っているのか、今咄嗟に思いつかないんですよ。前に食べたことはあるんですが、さて、中にどんなものが入っていましたかなあ」
「まあ、鶏肉とか蒲鉾とか椎茸とか、場合によっては牛蒡とか人参とか、それに卵とか」
 小浜さんが説明するのでありました。「まあ、それなら、こちらにお任せと云うことで」
「ええ、そう願います。なんか張りあいのない客で、申しわけない話ですが」
「いえいえ、とんでもありません。では一丁、これぞ鍋焼き饂飩と云うようなのをお出ししましょう。明日をお楽しみになさってください」
 小浜さんはさも腕が鳴ると云った風に両掌を擦りあわせながら、島原さんに笑いかけるのでありました。
 島原さんは小浜さんと拙生の、有難うございましたの声に送られて店を出るのでありました。島原さんの姿が店の中から消えると、薬屋の主人がカウンターの方へやって来るのでありました。
「なんでも店の女の子が今住んでるアパートを替りたいから、手頃なのがないかってその相談らしいぜ、ママが不動産屋と一緒に今日ここへ来たのは」
 薬屋の主人はそう云いながら、持ってきた空の徳利をカウンターの上に置くのでありました。
「へえ、そうですか」
 小浜さんが徳利を下げながら云います。「もう一本つけますか?」
「うん。二本ね」
 その言葉を聞いて拙生は日本酒の燗の用意をするのでありました。
(続)
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