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石の下の楽土には 52 [石の下の楽土には 2 創作]

 島原さんが箸を動かし始めると、なんとなく会話が途切れるのでありました。小浜さんも拙生もその間、敢えて島原さんに話しかけることはせずに、夫々の目の前の仕事に手を動かしているのでありました。
 三人の会話が途切れるのを待っていたように、店の中が急にたて混み始めるのでありました。三人連れのサラリーマンと思しき新規の客が入って来ると、間を置かずに、こちらは常連の商店街で薬屋をやっている中年の客が一人、店内を少し見回してから、空いているカウンター席の島原さんの横に座るのでありました。それからやはりそんなに間を置かず、これも常連の、初老の不動産屋の社長が派手な身なりの中年の女性を伴って現れるのでありました。社長は「ほう、今日は混んでるねえ」と云いながら、前に島原さんがよく座っていた隅のテーブル席に、女性と向かいあって座るのでありました。
 拙生は応対のために頻繁にカウンターを出入りするのでありました。小浜さんは矢張り料理の注文が幾つも重なって、カウンターの中を忙しげに歩き回りながら同時進行に幾つかの肴を調えているのでありました。島原さんはその間、ゆっくりと黙った儘食事に専念するのでありました。
「不動産屋が連れて来たのは、ありゃあ、駅裏にある『イヴ』ってスナックのママだぜ」
 仕事が一段落して、小浜さんの愛想の酌を猪口に受けながら、カウンターに座った薬屋の主人が小浜さんに話しかけているのでありました。
「ほう、そうですか」
 小浜さんは酒を注ぎ終わった後で徳利を薬屋の主人の前に置くのでありました。
「不動産屋は、あのママ目当てで『イヴ』に通い詰めていたんだけど、ようやく連れ出しに成功したってわけかな?」
 薬屋の主人は一息で猪口の酒を干すのでありました。
「なかなか美人のママじゃないですか」
 小浜さんが横目で隅の席を窺いながら云うのでありました。
「そうね、少しぽっちゃりしてて、物腰がやけに色っぽいよね。不動産屋ばっかりじゃなくて、肉屋の大将も酒屋のケンちゃんも、それに郵便局の局長もママ狙いで『イヴ』に通い詰めているって話だぜ、駅前商店街の仲間内の噂では」
「そう云う茂木さんも、その通い詰めているクチなんでしょう?」
 茂木と云うのは薬屋の主人の名前であります。
「いやいや、カアチャンの監視が厳しいから、ほんの時偶ね」
 薬屋の主人はそう云ってから、普段の話声とは裏腹の妙に甲高い、喉を引き攣らせるような独特の笑い声を上げるのでありました。拙生はこの笑い声が苦手と云うか、生理的に受けつけないので、なるべく傍に居ないように何時もしているのでありました。
「今日はスナックは休みなんですかね、こんな時間にママがここに現れると云うのは?」
「そう。水曜が定休日だからね、あそこは」
「茂木さん、ほんの時偶のわりには、定休日までちゃんと知っているじゃないですか」
 小浜さんはそう云って、からかうように薬屋の主人を指差して見せるのでありました。
(続)
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