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石の下の楽土には 50 [石の下の楽土には 2 創作]

 しかし、信じると決めたら、それだけで本当に信じられるものかなと島原さんは思うのでありました。そんなに簡単に自分の心を制御出来たら、こんな楽な話はないでありましょう。決意と云うのは、単なる一時的な気分の高揚でしかないのじゃないかしら。それは次の瞬間に、あっけなく消沈してしまうことだってあるかも知れません。島原さんは娘の横顔を見ながら、そんな不安のような疑問のようなものを覚えるのでありました。勿論それを今敢えてここで表出して話をややこしくする気は毛頭ないから、島原さんは黙って娘の横顔を窺うだけでありましたが。
「どうだい、花屋は忙しいかい?」
 島原さんは話題を変えるためにそんなことを聞くのでありました。
「そうね、元々そんなに忙しい仕事じゃないから」
「不景気だから、売上げが減ったなんて店のご主人が零してないかい?」
「不景気って云っても、あそこはお墓参りの人相手のお花屋さんだし、お墓参りに来る人はそんなのにあんまり関係なく来るから」
「そりゃあ、そうだな」
 島原さんはそう返しながら、娘が「あそこ」と自分が働いている店のことを差して云った言葉が、小さな指のささくれ程に気になるのでありました。それは娘が如何にもその花屋を自分には関係のない場所であると考えているような語感が漂っていて、花屋と自分の関係を必要以上に希薄に捉えている査証であるように、島原さんには聞こえたのでありました。仕事と割り切っているためのクールな態度からその言葉が発せられたわけではなさそうだし、店のことを本当は相当に嫌っていると云ったことでもなさそうだし、それは如何にも無関心だと云う風なのでありました。少なくともその店で働いて給料を貰ってそれで生活しているのでありますから、もう少し身内の感情が籠っていてもよさそうなものであります。喩え多少の不満があったとしても。しかし娘は多分、店には不満は殆どないのでありましょうし、寧ろ不満を覚える程店に帰属意識を持っていないのでありましょう。
 そう云うなら、店にだけではなくてこの世の中のこと全般に、娘は関心を持とうとしてはいないと云えるでありましょう。彼女の念頭にあるのは家族の墓の前に毎日立つことと、その家族が今居るであろう墓石の下の楽土のことだけなのであります。そう考えると、島原さんは改めて娘が無惨に見えるのでありました。この先娘の傷が癒えて、この世の、もっと違う世界にも目を向けようとする機会が、将来娘に訪れることがあるのかしら。
「花屋の仕事は、好きかい?」
 島原さんが娘の横顔に聞くのでありました。
「別に好きじゃない。嫌いでもないけど」
「お客さんの中に、金額だけ云って、それで良いように花束をアレンジしてくれなんて云う人とかは、いないのかい?」
「うん、居ないこともないけど、あたしそんなの得意じゃないから、もう一人のアルバイトの娘に任せちゃうの。その娘が居ない時には、奥さんに」
「ふうん、得意じゃないか」
(続)
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