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石の下の楽土には 49 [石の下の楽土には 2 創作]

 その間、拙生はすぐ目の前の事柄以外には目を移さずに、そのことだけに専念しようとするのでありました。そうやって時間の小さな積み木を一つ々々重ねて行くことに現を抜かしている方が、結局楽でもあり、大きな破綻から自分の身を護る、亀の甲羅のように頑なな護身術なのでありました。
 そうやって確かに大きな破綻は免れたものの、亡くなった彼女に対する後ろめたさは、傷の疼きが癒えるに従って、かえって増幅していくのでありました。いやそれは、彼女に対すると云うよりは多分、彼女を失った時の自分の激痛への後ろめたさであったろうと思われるのでありました。拙生の受けた衝撃は、恐ろしく強大で揺るぎない時間の摂理に、結局諸手を挙げて降参したのでありました。それを遥かに越えていると思っていたのでありましたが。・・・
 なんだかんだと云っても、ま、その程度のことだろうと、拙生は謹んで、自分自身に皮肉な笑いを贈呈するのでありました。必ず癒える程度の傷しか負えない自分が、自分が思っていた程大したヤツではなくて、その辺に居るごく普通の忘れっぽい男であることがはっきり証明されたのでありました。これでは後に彼女が居る世に行った時、拙生はどの面下げて彼女に逢えばいいと云うのでありましょう。冷や汗をかきながら卑屈に笑って目をあわせないでいる拙生を、彼女は屹度少し離れて笑いながら見下ろすのでありましょう。
 ・・・・・・
 墓石に向いていた娘の目が島原さんに向けられるのでありました。
「じゃあ、墓石の下に楽土は屹度在って、あたしも将来そこへ行けるんだって、あたしが信じていればそれでいいのね?」
「うん、まあ、そうかな」
 島原さんは改めて今までの話をそう云う風に短くなぞられると、妙にたじろいで仕舞うのでありました。その通りと、なにはともあれ自信を持って肯えない自分の曖昧さが、なんとなく申しわけないのでありました。しかし楽土の存在も、その様相も、それに娘がそこに行く資格があることも、確信出来てもいない儘さも尤もらしい顔をして娘に保証するのは、これは詐欺になると島原さんは弱々しく思うのでありました。実際そんなこと、今まであんまり真面目に考えたこともないのでありますから、責任は持てないのであります。
「判ったわ。あたし信じる」
 娘がもう一度墓石の方を向きながら云うのでありました。その表情は先程の虚ろな目に比べれば幾らか決然としているように、島原さんには見えるのでありました。島原さんはその娘の顔に安心するのでありました。あくまで自分は楽土の存在を明確に保証したわけではなく、それは娘の心一つだと云ったまでであります。それでも娘が楽土の存在を信じると云うのであれば、それは詰まり、もう娘の問題なのであります。こんな論旨は姑息な責任回避かも知れないけれど。
 娘が島原さんに笑って見せるのでありました。その笑いは一つの結論を得た安心の笑みのようにも、島原さんの言葉の機微を見透かしていて、その潔くないものの云い方を揶揄するための笑みのようにも見えるのでありました。
(続)
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