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石の下の楽土には 47 [石の下の楽土には 2 創作]

 拙生が結局大学も辞めず故郷にも戻らず、実際には何の転機の衝動にも手を出さないで、揺らぎながらも、云ってみれば穏当なその後の軌跡をこれまで歩いたのは、亡くなった彼女が、自分のせいで拙生があたふたしたり、将来を悲観してやけっぱちなことを仕出かすのを悲しむだろうと思うからでありました。それと、生来のずぼらと臆病と忘れっぽさからでも、屹度ありましたか。
 彼女の遺骨は当初、寺の納骨堂に安置されるのでありました。それは彼女のお父さんが岡山の人で、仕事を退いた将来、その後の生を郷里の岡山で送る積りであったためでありました。彼女の遺骨をその折に岡山に運び、墓を建てて、そこで供養すると云うことになっているのでありました。だから彼女はそれまで、当分の間は彼女が生まれ育った故郷、それは詰まり拙生にとっても故郷に眠るはずでありました。しかし彼女を亡くしたお父さんの心の傷が思いの外深く、日増しに募って行く落胆と寂寥感と、その当時の戦後最悪の不景気の風を決断の契機として、晩春に彼女が亡くなったその年の暮れには、岡山に一家して帰ると云うことになったのでありました。その時に当然ながら、彼女の、そして拙生の故郷に在った彼女の納骨壇は撤去されることになるのでありました。
 拙生は夏休みや、秋に学費値上げ反対の紛争によって大学がロックアウトになったために仕様方なく故郷に帰った折には、殆ど毎日、彼女が眠る寺の納骨壇の前に立つのでありました。彼女を失った拙生の傷も、彼女のお父さんに劣らずかなりの深手であったのでありました。
 納骨壇の前に立つと、ささくれていた拙生の気持ちが、ほんの少し和らぐのでありました。言葉を交わすことも、彼女の息を感じることも、髪の匂いを嗅ぐことも、そのなよやかな手を拙生の両掌で包むことも、唇の温もりを確かめることももう出来ないのではありましたが、それでも彼女の傍に居ると思うだけで、拙生は仄かな安心感のようなものを感じることが出来るのでありました。春までの時に比べれば余りに決定的に姿を変えて仕舞った彼女の、傍ではありましたが。
 暮れには撤去される予定の彼女の納骨壇を最後に訪ねたのは、初冬の風がこの世に残っていた秋の名残りをすっかり吹き攫っていこうとする頃でありました。近々東京の大学へ戻らなければならなかった拙生は、それが最後の彼女との邂逅と思って、納骨壇の前に立つのでありました。撤去の日までには未だ少し間があるから、冬休みにまた帰って来て訪ねることも可能であったのでしたが、しかしその時が最後と、拙生はなんとなく依怙地に決めているのでありました。
 岡山は余りに遠いのでありました。いや、拙生は東京に住んでいるのでありましたから、距離の上では故郷よりも岡山の方が余程近いのでありました。しかしそこは拙生の<縁>と云う地理の上では、途轍もなく遠い場所なのでありました。だから未だこの世に生のある彼女を岡山に訪ねると云うのならまだしも、彼女の遺骨を訪ねると云うことは、なにかもう、拙生のすべきことではないような気がするのでありました。彼女の遺骨が故郷にあるのなら、拙生は彼女を拙生の生が尽きるまで訪ね続ける積りでいたのであります。それこそが拙生がこの世を未だ生き続ける唯一の理由のように。
(続)
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