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石の下の楽土には 46 [石の下の楽土には 2 創作]

 島原さんは娘が急に可哀想になるのでありました。単純に楽土の存在を信じて、家族がそこでこの世では実現しなかった団欒を楽しんでいて、自分も最後にはそこへ行くことが出来ると考えていたいし、しかし彼女の一面のリアリスティックで唯物的な思考が、時にその観念を乱雑に攪拌してしまうこともあるのでありましょう。娘は楽土が在ると云う確証が欲しいのでありましょうし、恐らくそれを島原さんに保証してもらいたくて、屹度こんな話をしたのかも知れません。
「楽土は、君が在ると信じれば、在って欲しいと願うのなら、屹度在るんだよ。なんかなげやりで曖昧で無責任な云い方に聞こえるかも知れないけど」
 島原さんは自分が楽土の存在を保証する任に堪えない人間であることを、秘かに娘に申しわけなく思いながらもそう云うのでありました。娘はその島原さんの言葉が聞こえなかったように黙った儘、暫く虚ろな目を墓石に向けているのでありました。
 ・・・・・・
 拙生は高校時代に居た恋人の事を考えるのでありました。クラスメイトではあったものの、三年生の夏にひょんなことから街の公園の中で出逢って、その時初めて二人で長く話をしたのがつきあうきっかけでありました。
 彼女は心臓に重篤な病を抱えていて、学校も休みがちな生徒でありました。細身で、髪が長くて、中高の顔にくりっとした目のなかなかの美人でありました。彼女はおとなしい性格であったし病気のせいもあったから、男女を問わず親しい友達もそれまで出来なかったのでありました。だから偶々出来た拙生との縁を、とても嬉しく思ってくれているようなのでありました。拙生の方も受験やらなにやらで単調で憂鬱な毎日を送っていたものだから、偶然成立した彼女とのつきあいに小躍り、いや大躍りしたのでありました。
 彼女は拙生と一緒に高校を卒業することが出来なかったのでありました。それは年明けに施された彼女の心臓手術の経過が思わしくなかったことで、入院がずっと長引いて出席日数が足りなくなったからでありました。
 拙生はその年の春から東京で大学生として暮らすことになったのでありましたが、彼女はもう一年高校三年生を繰り返すことになったのでありました。しかし彼女はそう気落ちするのでもなく、じっくり体を治して、それに一年間みっちり勉強して、その次の年には東京の大学を受験するのだと意気ごむのでありました。拙生は一年後に彼女が東京に出て来るのを大いに楽しみにするのでありました。
 しかしそれは叶わぬ拙生との約束でありました。彼女は夏になる前に再入院することになってしまったのでありました。再入院後の彼女は肺にも致命的な病が見つかり、日々衰弱して遂には帰らぬ人となったのでありました。
 拙生は彼女の最後に立ちあうことが出来なかったのでありました。拙生はいきなり異次元に引きこまれたように放心して、その後長い間なにも考えられずなにも手につかずの日々を過ごすのでありました。彼女が来ることのなくなった東京の生活になんの意味も見出せずに、島原さんが墓地で逢う娘のように、拙生は大学を辞めて故郷へ帰って彼女の面影と静かにそこで、その後の生を生きていきたいとさえ思うのでありました。
(続)
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