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石の下の楽土には 44 [石の下の楽土には 2 創作]

 島原さんまで猪口を持つ手を止めて黙るのは、矢張りこちらも気持ちが自己検証に向いているためなのでありましょうか。全く男と云うのは、幾つになっても胡散臭い生き物であります。
 ・・・・・・
 島原さんは娘を『雲仙』に食事に誘うきっかけの言葉が、なかなか口から出ないのでありました。それはこんな老人と食事をしても娘が面白くなかろうし、しかし花や線香を貰っている手前断わり難くもあるだろうと云う、まわりくどい思い遣りからでありました。それにこの墓地以外の場所で娘と邂逅するのは、どこか二人の関係にそぐわないことのようにも思えるのでありました。それでも偶には少し豪勢な食事をしたいと云う気が娘にあるかも知れないし、誘えば案外すぐに、乗り気の返事が返って来るかもしれないとも考えるのでありましたが。
「楽土って、どんなところかしら」
 娘は立ち上る線香の煙を見上げながら云うのでありました。
「苦しみや悲しみのない処と云うから、それは屹度綺麗な処だろうよ。明るくて花が咲き乱れていて、美しい風景が開けていて、食うことや住む処の心配もなくて、誰も歳をとらなくて、争うこともなくて、人の気持ちをあれこれ忖度する必要もなくて・・・」
 島原さんはそんなことを云いながら、実はさっぱり楽土のイメージが湧いてこないのでありました。花が美しく咲き乱れている処とか、美しい風景などはこの世にも在るし、住む処や食う心配は年金暮らしのこの世に居る自分もないと云えばないし、歳をとらないと云うのも実は在る意味で辛いことかもしれないし、この世に居たって一定程度は争わないことも出来るだろうし、人の気持ちを考えない輩はこの世にも大勢居るし、そんなヤツ等ばかりだと返って苛々しそうだし。
「今でこそあたし、お兄ちゃんもお父さんも嫌いじゃなくなったけど、でもそれは二人が今のあたしが居る処とは別の処に居るからで、同じ処に居ることになったら、やっぱりなんか、うまくいかないような気もするわ」
「勿論ずっと先のことだけど、向こうに行ったら、多分君の気持ちそのものが変わるんじゃないのかな、この世に居る時とは全く別のものに」
「お兄ちゃんやお父さんの嫌だったところが、気にならなくなるの?」
「そうね、多分」
「詰まり、無関心になるってこと?」
「そうじゃなくて、嫌いだったところがそうでもなくなって、この世では見つからなかった良いところばっかりが見えるようになるってことかな」
「そうして、二人が好きになる?」
「そうだね」
「でもそれは詰まり、やっぱり実のところ、無関心になるってことなんじゃないかしら?」
 娘が拘るのでありました。「それに好きになることが出来るってことは、詰まり嫌いになることも出来るってことじゃないの?」
(続)
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