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石の下の楽土には 35 [石の下の楽土には 2 創作]

「なんと云ってもその叔父さんにとっては、君のお母さんは姪にあたるわけだから、弱っているお母さんを元気づけるために、屹度来てくれたんだろうね」
 島原さんが云うのでありました。
「だったら、お葬式の時にも来てくれてよさそうなものじゃない」
「それはそうだけど・・・」
「まあ、そんなことはどうでもいいの」
 娘はそう云って仕切り直すように口を閉じてから、徐に先を続けるのでありました。「その叔父さんがね、どう云う積りなのか、納骨の時この蓋が開けられているのを見て、あたしに云ったの、墓石の下には楽土があるんだって」
「君を安心させるために云ったんだろう」
「そうだとは思うけど」
 娘は御影石の蓋を掌でゆっくり撫でるのでありました。「でも、お母さんのお葬式の時は、違う人が来たのよ。お母さんの妹のご主人だって云う人が。叔父さんからは手紙も電話もなかったの。お母さんやあたしを本当に可哀想だと思ってくれるのなら、連絡くらいしてくれてもいいんじゃないかしら」
 島原さんは実家と娘の母親との経緯が、未だ忌憚のあるなにやらややこしい状態の儘だったのであろうと推察するのでありました。そのややこしい事情の具体的なところに興味は湧かないのでありましたが、なんとなくそんな事情とは全く無縁であるべきはずのこの娘がその余波を被っていると云うことであるのなら、それはひどく気の毒なことだと思うのでありました。
「そんな話じゃなくて、楽土のこと」
 娘が御影石の蓋から手を離すのでありました。「その叔父さんの印象は、その後逢うこともなかったから忘れてしまったけど、でも、その楽土の話はあたしずっと覚えていたの」
 娘は濡れた掌をもう一方の掌に擦りあわせるのでありました。「楽土って云うのは、なんにも苦労がない処で、そこに行った途端この世で経験した色んな苦しみが、すっかり消えてなくなるんだって。死んだ人はそこでその後、何時までも楽しく笑いながら暮らしているんだって。お墓の中には玉砂利がひかれていて、お兄ちゃんの遺骨が在って、その横にお父さんの遺骨が置かれて、お父さんは蓋が閉まったら、お兄ちゃんが待っているその玉砂利の下に在る楽土に降りて行くんだって」
 娘は両掌を胸の前であわせて云うのでありました。
「ふうん。楽土が玉砂利の下に在るんだ」
 島原さんは蓋が閉まったら埋葬された人が楽土に降りて行くと云う件に、妙なリアリティーを感じるのでありました。確かに魂が天に昇ると云うよりは、地の下の楽土に降りて行くと云った方が、埋葬と云う手続きの延長としてすんなり納得出来るような気がするのでありました。そう云えば神話で死者が行く黄泉の国も地下にあると云われているし。しかし黄泉の国は穢れた暗黒の世界であって、決して楽土などと云う気楽そうな処ではないのであります。その辺の不整合が島原さんはほんの少し気になるのでありました。
(続)
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