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石の下の楽土には 34 [石の下の楽土には 2 創作]

 死ねば後はすっかりパア、と云うのが拙生の大体の考えでありました。尤も若かったから、純然とこの世の出来ごとたる死そのものの事は、それは偶に考えないこともなかったのでありますが、死んだその後の話となるとはさっぱりイマジネーションが働かないのでありました。そう云えば死んだ後に、自分はどうなるのかしら。何処に行くのかしら。ちゃんと向こうでも豚バラ肉の唐揚げ定食とか、ラーメンとかちゃんぽんとかが食えるのかしら。酒も飲めるのかしら。向こうでもどこかの会社に就職して、毎日通勤しなくてはならないのかしら。向こうでも当面はアルバイトをしながら生活していくことは出来るのかしら。・・・
「娘と話すあの世の事って、どんな風なことなんですか?」
 拙生は徳利を拭く手を止めて島原さんに聞くのでありました。
 ・・・・・・
 娘が手桶に水を汲んで来てくれるのでありました。
「いやあ、悪いねえ」
 島原さんが礼を云うのでありました。
「ううん、こんなことくらい別に」
 島原さんは受け取った手桶の水を柄杓で掬って墓に頭から注ぐのでありました。島原さんが水を注ぎ終わると娘が手桶を受け取って、島原さんの真似をするように残った水を自分の家の墓にかけるのでありました。線香の束に島原さんが火をつけてその半分を娘に渡すと、娘はこれも島原さんの所作を真似て線香を香炉に横たえるのでありました。二基の水に濡れた艶やかな御影石の墓が、香炉から細い煙をたてながら日差しに映えるのでありました。尤も島原さんの前にある墓の花立てには華やかな花の束が、娘の前にある墓の花立てには一輪ずつの花が差してあるのでありました。
 島原さんの墓参は何時しか週に二回から、ほぼ毎日と云う風になっているのでありました。それは墓地で娘と逢って話をしたいからでありました。
「お墓の下にはね」
 娘があわせた掌を解きながら、横を向いて島原さんに云うのでありました。「楽土と云うのが在るんだって」
「楽土?」
「そう。苦しいこととか辛いこととかが一つもない、楽しい土地のこと」
 娘は墓石の下の納骨棺の蓋を見るのでありました。「お父さんの納骨の時、青森から来た、お母さんの叔父さんて云う人がそう云ってたの」
「お母さんは青森の実家の方とは、殆ど縁が切れていたんだっけ?」
「うん。それでも一応青森の親類に知らせたら、葬儀には誰も来なかったんだけど、納骨の時、なんだっけ、四十九日って云うんだっけ、その時にその叔父さんて云う人が一人やって来たの。お母さんと逢うのは二十年ぶりくらいだって云ってた。勿論あたしはその時その人に初めて逢ったんだけど」
「いくら縁が切れたようになったと云っても、青森の方でも気にはしていてくれたんだろうね、屹度お母さんの消息を」
「それは知らないけど」
 娘はそうぶっきら棒に云ってから、水に濡れた納骨棺の滑らかな御影石の蓋の上に掌を載せるのでありました。
(続)
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