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石の下の楽土には 30 [石の下の楽土には 1 創作]

 島原さんの秘かな危惧など全く素知らぬ様子で、娘が続けるのでありました。
「まだ、半分信じられない気がしているし、これは夢の中の出来事で、その内にお兄ちゃんもお父さんもお母さんも皆揃っている家で、あたしは屹度目が覚めるんだろうって、本気で考えたりするの」
「無理もないよねえ」
 島原さんは思いっきり優しい声でそう云うのでありました。香炉から真っすぐに上がっていた線香の煙がゆらゆらと揺れるのは、風が出てきたためでありました。その風に娘の前髪が少し乱されるのでありました。少しの間言葉が途切れるのでありました。
「皆、ほぼ二年置きに死んでいったのよ」
 娘は乱れた前髪を直すこともなく云うのでありました。「そうして、お母さんが死んでから、もう二年が経ったの」
 島原さんは娘のその後の言葉を待つのでありました。しかし娘はそれっきり黙るのでありました。
「妙な符合だね。まあ、偶然だろうけど」
 島原さんは焦れて自分から言葉を出すのでありました。
「だからね」
 娘が線香の煙の乱舞を見ながら云うのでありました。「ひょっとしたら、もうすぐあたしも、死ぬのかも知れない」
 抑揚のない娘のその言葉は風に乱される前の線香の煙のように、端然と空に吸いこまれていくのでありました。
「まさかそんなこと、あるわけがない」
 島原さんが云うのでありましたが、しかし云いながらその自分の言葉に、相手の冗談に対して返すような類の笑いを添えた方が良いのか悪いのか、島原さんは少し迷うのでありました。だからなんとなく云い方が弱々しいのでありました。島原さんが確然と笑いを添えてそう云い放てば、娘のその言葉は全くの冗談としてきっぱり確定され得たかもしれないと、云い終ってから思うのでありました。しかし自分がそうしなかったために、娘のその言葉の重い陰翳が、空に消え失せることなくこの場に残ってしまったように島原さんは感じるのでありました。
「夢からね、お兄ちゃんもお父さんもお母さんも揃った家に目覚めるってことは、それはきっとこの世の家ではなくて、あたしがあの世に行って、皆揃ったそこの家で目覚めるってことでも、別に構わないわけじゃない」
 娘はそう云い終えてから、島原さんに同意を求めるような目を一直線に向けるのでありました。
「いや、構わなくないよ。変なことを考えるもんじゃあ、ない」
 島原さんは娘の視線にたじろぎながらそう諭そうとするのでありました。「そりゃあ、寂しさからそんな事をつい思いついたとしても、それは馬鹿げた思いつきだ。有り得ない。全くの偶然に、変な意味を探るのは止めた方がいいよ。無意味なことだ」
(続)
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