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石の下の楽土には 28 [石の下の楽土には 1 創作]

「お幾つになられるんです、お子さん達は?」
 島原さんはそう聞きながら徳利を傾けるのでありました。最後の一口分が猪口の中に注がれます。島原さんが小浜さんの顔を見て、手にしている徳利を遠慮がちに少し上げてみせるのは、もう一本つけてくれと云う合図なのでありました。その仕草を見て拙生はすぐに酒タンポに一合の日本酒を一升瓶から注ぎ入れるのでありました。
「上の子が高校二年生で、下が中学三年生です。どちらも女の子ですよ」
「へえ、それはお賑やかそうですね」
「賑やかを通り越して、煩いと云うくらいなもんで。どうしてまあ、女の子は母親そっくりに父親の逐一に、ああだこうだと文句をつけるんでしょうかねえ」
「ああ、そうですかね」
 島原さんが笑いながら云うのでありました。
「下の子は少しはおっとりしているからまだ良いんですけどね、上の高校生ときたら朝飯のアタシの味噌汁の啜り方にまで、ああだこうだと批判がましいことをぬかすんです。アタシはこれでも一応は料理人ですぜ。味噌汁の粋な啜り方くらい娘に云われるまでもなく、ちゃんと心得ていると云うんですよ。まあ、味噌汁だけに限らず、アタシの動作のいいちいちが総て気に入らないんでしょうけど」
「そんなもんですかねえ」
「それでアタシがなんか云い返したりすれば、鬼のような顔をしてアタシを睨むんです。それから当分口をきいてもくれないんです。ちょうど自分の親父が、わけもなく嫌いになる年頃なんだからと女房は云うんですが、それにしても、女の子はなんとも扱い難くていけません。アタシは家の中に自分の安息の場所がない、可哀想な人間なんです」
「それで、釣りに行くわけだ」
 拙生がそう云って燗の上がった酒を徳利に移してそれを島原さんの方に近づけると、島原さんは持っていた猪口を空けてから拙生の方に差し出すのでありました。
「そう。秀ちゃんの云う通り。家の女共からこの身を守るために休日は必ず釣りに出る」
 小浜さんがそう云って島原さんに笑いかけるのでありました。「それがアタシがこの世を安らかに生きていくための、残された唯一の精神の保養であり、護身術であり、拠りどころなわけです。アタシは家の者に身勝手と云われようと、偏屈者扱いされようと、どんなに小馬鹿にされようとも、兎に角休日には魚釣りに行くんです」
 島原さんは小浜さんの大袈裟なもの云いにハハハと笑うのでありました。
「そんな弁解を、態々ここで自分等に向かって、声高に云いつのらなくてもいいですよ。自分達は別に小浜さんの釣りを、苦々しく思っているわけじゃあないんだから」
 拙生は島原さんに同意を求めるような顔を向けながら、小浜さんに云うのでありました。
「まあそりゃあ、そうだけどさ」
 小浜さんは声の調子を落として云うのでありました。「しかしなんですな、家の娘の横柄な態度なんか何時も見せられているから、その島原さんの墓地で逢う娘に対しても、逢ったこともないのに、つい批判がましいことをアタシは云っちまうんですなあ」
(続)
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