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石の下の楽土には 26 [石の下の楽土には 1 創作]

「お墓の中にはね」
 島原さんが墓石を拭き、花立てに花を供えて線香を燻らし、それから合掌し終わるのを見計らって娘が唐突に喋り始めるのでありました。「あたしのお母さんとお父さんと、それにお兄ちゃんが眠っているの」
 それは墓石にある名前と享年から島原さんが想像した通りでありました。最初にこの墓に眠ることになったのが彼女の兄に当たる人であることも、島原さんはもう知っているのでありました。
「ああ、そうなんだ」
「あたし以外の家族が皆、この墓の中に居るの」
 娘はそう云った後に島原さんから目を逸らして、墓石を見るのでありました。島原さんは立ち上がって、彼女が見詰めている墓の傍に少し移動するのでありました。
「それじゃあ、君は一人で暮らしているの、今は?」
「そう。この墓地の近くのアパートで」
「ふうん。それは寂しいね。尤も、そう云う私も同じ一人暮らしだけど」
 島原さんが云うと娘は力ない笑いを浮かべるのでありました。
「お爺ちゃんが・・・」
 娘はそう云った後で言葉を切って、そう呼んでいいのかと云うような顔をして見せるので、島原さんは笑い顔で一つ頷くのでありました。「お爺ちゃんがお参りしているお墓は、お爺ちゃんの奥さんのお墓なの?」
「そう。二年前に亡くなった私の連れあいの墓だよ」
「ふうん、そう」
 娘は一つ頷いて島原さんの奥さんの墓石を見るのでありました。
「学生さん?」
 少し言葉が途切れた後に島原さんが聞くのでありました。
「ううん、違う。高校を出た後はミシン工場に就職したんだけど、お母さんが死んだ後暫くしてそこは辞めちゃって、今はアルバイトで生活しているの。ほら、この近くに大きな花屋があるでしょう、そこで」
 娘はこの後、先に話したような墓に眠っている家族の事や自分の経歴などを、ごく大雑把に語るのでありました。それを聞きながら島原さんは、この年頃の女の子が喋る声を久しぶりに聞くなと思うのでありました。尤も島原さんは老境に差しかかって後は、縁もなかったものだから、若い女性と会話する機会など市役所や銀行の窓口の女性との事務的な言葉の遣り取り以外には、ずうっとなかったのでありました。娘の話の内容もその喋る様子も一般的な若い女の子然としたものでは全くなかったのでありましたが、島原さんは俯きがちに訥々と口を動かす娘を見ながら、なんとなく気持ちが浮き立つのでありました。
「じゃあ、君は一年以上前から、ずうっとここへ日参していたわけだ」
 島原さんが娘の話が一通り済んでから云うのでありました。「それにしちゃあ、今まで全く出くわすことがなかったと云うのは、不思議と云えば実に不思議なことだ」
(続)
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