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石の下の楽土には 22 [石の下の楽土には 1 創作]

 老人は花束を抱えているのでありました。それを見て彼女は急に、そう云えば自分も墓に花を供えなければと思い至るのでありました。今まで考えすらしなかったのではありましたが、そうすれば、屹度母親も父も兄も喜ぶに違いないと気づくのでありました。
 花立てに水を注ぎ入れ、花束の結束を解いてそれをその中に差して見栄えを調えている老人に、彼女は思い切って声をかけるのでありました。
「花を二本、分けて貰えない?」
 老人は一瞬何を云われているのかよく判らないと云った顔をするのでありました。老人は彼女の顔をほんの少し長く見詰めるのでありました。その後に花立ての一方にある花をそっくり引き抜いて、彼女に渡そうとするのでありました。
「じゃあ、これを」
 彼女はたじろぐのでありました。
「そんなには要らないの。二本だけ、貰えればいいの」
 彼女が慌てて手を振ると老人は引き抜いた花を持ったまま、また先程と同じ目で彼女を見詰めるのでありました。それから急に笑い顔になって、二本の白い菊の花を渡してくれるのでありました。
「有難う」
 彼女はそう云ってその二本の花を受け取るのでありました。彼女は二つある花立てに一本ずつ、それを挿し入れるのでありました。急に墓が、華やかになったような気がするのでありました。
「良かったら、線香もあげようか?」
 老人が合掌している彼女の横顔に聞くのでありました。彼女は老人の方を見て、少し遅れて頷いて見せるのでありました。老人は持参した線香の箱から無造作に十本程を掴み取って、器用に片手でマッチを擦って線香の先端に火を移すのでありました。老人の手慣れた仕草を、彼女は感心しながら見ているのでありました。手を一振りして点火を終えた線香の炎を老人が消すと、煙がそこから急に立ち上り始めるのでありました。
「はい、どうぞ」
 老人が線香を差し出すのでありました。
「有難う」
 彼女は先程花を貰った時と全く同じ語調でそう云って線香を受け取ると、それを香炉の中に横たえるのでありました。香炉から煙が出ているのを、彼女は久しぶりに見るのでありました。それはひょっとしたら母親の納骨の時以来かも知れないのでありました。
 墓が如何にも墓らしく見えてきて、彼女は妙に嬉しくなるのでありました。なにやら漸くその墓の下に眠る家族に供養らしい供養をしているようで、彼女は少し興奮するのでありました。墓を前にしてその種の嬉しさを感じたのは、初めてのことでありました。
 老人がこちらを見ているのでありました。彼女は思わず、老人に笑いかけているのでありました。老人も彼女の笑顔を見て笑い返すのでありました。笑い返されたことが照れ臭くて、彼女は無愛想な顔をして老人からすぐに目を逸らすのでありました。
(続)
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