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石の下の楽土には 17 [石の下の楽土には 1 創作]

 さてその墓参りでありますが、なるべく雨天の日は避けて、しかし霖雨であったなら傘をさしてでも、島原さんは週に二回必ず奥さんの墓の前に立つのでありました。依って供えられる花の色艶は決して褪せることはないのでありましたし、墓石は何時も綺麗に清められているのでありました。島原さんは屹度、病床にあった奥さんの手足を摩るような優しさと丁寧さで墓を磨いているのでありましょう。
 それは孤独な作業だったのでありましたが「風変わりな娘」が出現して、期せずしてその娘と墓地で邂逅するような風になった島原さんは、そのことに多少の戸惑いと、それに多少の楽しみを見出すのでありました。殆ど人交わりのない自分の余生に、もうこの世では交流の兆しもなかろうと思っていた、もし居るとしたら自分の孫の年頃に相当する若い娘が、花を二輪贈呈したあの日以降、二つ横の墓の前に居るのを頻繁に目撃するのでありますから、島原さんの気持ちがそれまでの墓参りと少々違って浮き立ったとしても、それは不思議なことではないのでありました。
 島原さんは娘に逢えば何時も、強請られるわけではないのでありましたが二輪の花を彼女に渡すのでありました。娘はそれをしごく当然のように受け取るのでありましたし、島原さんは特段不快にも思わないのでありました。白い菊花ばかりではなく時には赤や紫や黄色の花を与えてみると、娘は嬉しそうな笑顔を見せるのでありました。
 幾度かそう云うことが重なってくると、島原さんは娘と次第に言葉を交わすようにもなるのでありました。聞いてみれば娘は毎日、花も線香も持たずに墓参りに訪れているようなのでありました。墓には彼女のお父さんとお母さん、それに二つ違いのお兄さんの遺骨が眠っていると云うことでありました。恐らくその娘が嘗て所属していた一家の成員の総ての遺骨が墓の中にあって、その傍らへ毎日花も線香も持たず通う若い娘となると、なにかちょっと迂闊に聞くには憚りのある経緯がありそうな気もして、島原さんは自分からそれ以上の事情を聴くことが出来ないのでありました。
 ・・・・・・
 小浜さんがカウンターの中からすこし身を乗り出して、島原さんの猪口に徳利から日本酒を注ぎ入れながら聞くのでありました。
「度重なると、段々花を渡すのが当たり前になってきて、図々しいなんて思わなくもなってきますかな、その娘ことを」
「ええ。まあ、私は全く不愉快ではなかったですからね、花をあげることが」
 島原さんが猪口を口に運びながら云うのでありました。この頃では、島原さんは店でその娘の話しばかりするようになっているのでありました。
「屹度花を貰おうと云う魂胆で、島原さんが来るのを何時も待っているんですよ」
 小浜さんがそう云いながら空いた島原さんの猪口にまた酒を注ぐのでありました。
「そうかも知れませんね。多分、そうなんでしょう」
「アタシだったら、その甘ったれた性根が気に入らないから、どやしつけてやりますがね」
「でも、居ない時もあるし。そんな時は墓には当然花が活けてないから、私は何時もその娘さんがしているように、花を両方の花立てに一輪ずつ入れて帰って来るんですよ」
(続)
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