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石の下の楽土には 12 [石の下の楽土には 1 創作]

 島原さんは猪口の酒を飲みほして、それを下に置くと横の徳利を取り上げて静かに傾けるのでありました。「そうしたら、そんなには要らないと両手をふるんです。白い菊の花を二本で良いんだって。そう云う時の表情は、妙にしをらし気に見えるんです」
「無愛想で、失礼で、しかも中途半端に図々しくて、尚且つ、しをらしい娘か。こりゃ確かに風変わりと云えば風変わりですかな」
 小浜さんが蒲鉾を切りながら云うのでありました。
「その娘さんの目が、いやにきっぱりしていて、私は気押されてね、二本で良いと云っているのをこちらがあれこれ云うこともなかろうと、菊の花を二本渡したんですよ。その娘さんは有難うと小声で云って花を受け取ると、自分が参っていた墓の二つの花立てに一本ずつ、それを差すんです。それから神妙な顔をして、一心に墓に掌をあわせて目を閉じるんです」
「成程、厚かましいのか、しをらしいのか、全く以ってよく判らない娘ですねえ」
「その墓の香炉から煙が出ていないのに気づいたものだから、私もよせばいいのに、良かったら線香もあげようかなんて聞いたんです。するとその娘さんはこちらを大きな目で見て、こっくりをするんです。私が線香に火をつけてそれを渡したら、また小さな声で有難うと云って、香炉の中にそれを横たえて、それで私の方を見て、嬉しそうに笑うんです。その笑顔は、とっても可愛いらしかったですよ」
 島原さんはそう云いながら顔の前に猪口を持った手を止めて、自分も嬉しそうな笑いを浮かべるのでありました。
「ぼちぼち、鰤大根を出しますか?」
 小浜さんにそう聞かれて、島原さんはもう一本徳利のお代わりをしようかどうか迷うような顔をするのでありましたが、自得するように一つ頷いて持っていた猪口を下に置くのでありました。
「そうですね、お願いしましょうか」
 拙生はその言葉を聞いて定食用の角盆を出してから、お櫃の蓋を開けると丼に飯を少なめに盛るのでありました。
 島原さんは一月ぶりに変更した鰤大根に大いに満足したようでありました。尤もその前のカツ丼の時も満足気ではありましたが。そりゃあ幾ら物ぐさとは云え誰でも夕食に一月も同じものを食い続けたら、いい加減厭きているに決まっていますから、この変更は島原さんには大歓迎であったろうと思われるのであります。
 その日はそれから店が結構立てこんできて、小浜さんも料理の手が忙しくなり、拙生も頻繁にカウンターを出入りし始めたものだから、こちらとしても不本意ではありましたが、鰤大根をゆっくり食す島原さんはなんとなく一人放って置かれるのでありました。
「そろそろ、お暇します」
 島原さんは鰤大根を食し終わってから、頃あいで拙生が出した茶を一口啜って、カウンターの中の小浜さんにそう云って立ち上がるのでありました。「いやあ、今日は久しぶりに喋って、楽しかったです。オヤジさんにはご迷惑だったかも知れませんが」
(続)
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