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石の下の楽土には 9 [石の下の楽土には 1 創作]

「私は一人暮らしするまで家事一切はすっかり女房任せだったから、実は料理なんてしたことがなかったんですよ。しかし毎日、今日は何を食うかとか考えるのが面倒なんでね、或る日料理の本を買って来ましてね、それで簡単で作り置きの出来るものを大量に作って、それがなくなるまで、朝昼晩と、いや大体は朝と夜の二回ですけど、食っていたんです」
「それじゃあ、厭きるでしょうに?」
 小浜さんがそう聞くのでありましたが、一月以上同じものを食し続けてなんら不都合を感じない人にこの質問は的外れだったかと云う色が、小浜さんのこめかみにぴくっと現れるのでありました。
「いや、さっきも云ったように、私はあんまり料理に拘らない方だから、同じものを続けて食っても、そう気にならないですよ。毎日の食事の支度から解放される方が、寧ろ気楽ですかね」
 島原さんはそこまで云うと、少し間を取るように猪口を一口傾けるのでありました。「しかし流石にここにきて、少々食傷しましてね、それでここを覗いたわけです」
「ああ、成程ね」
 小浜さんがそう納得するのと同時に、椅子席からこちらに向かって手が上がるのが目に入るのでありました。拙生はその席へ行くために急いでカウンターを出るのでありました。
「六調子二杯お代わりと、烏賊の一夜干し追加です」
 拙生はカウンターの端に置いてある伝票にそれを記入した後、小浜さんに向かってそう伝えながら流しの前に戻るのでありました。すると今度はカウンター席から手が上がり、小浜さんはそちらの注文を聞くために島原さんの前から離れるのでありました。
「ビールもう一本、あそこのお客さんへ」
 小浜さんが拙生にそう指示を出します。
「はい、ビール一本追加」
 拙生はそう復唱してボトルクーラーの中からビール瓶を取り出すのでありました。
「しかし優雅で良うご座んすね、仕事をしないで毎日気儘に過ごせるてえのは」
 食品冷蔵庫から烏賊の一夜干しを出して来てそれを俎板の上に載せ、包丁を手にした小浜さんが自分の方から島原さんにそう水を向けるのは、仕事のために途中で話の腰を折ったような格好になった島原さんへの気遣いのためでありましたか。
「いや、しかしなにもすることがないと云うのは、これでなかなか困ったものですよ、時間を持て余して。まあ、することがあったらあったで、面倒臭いと思うのだろうけど」
「どうやって毎日過ごされているんです?」
「歳が歳だからそう何時までも布団に入ってもいられないんで、七時には起き出してそれから冷蔵庫を開けてパンでも齧って、新聞に目を通した後はテレビの前で座ったり寝転んだり、時々うとうとして午前中は過ぎてしまいますかな。その後は洗濯物が溜まっていれば洗濯機を回したり、部屋が散らかっていれば適当に掃除をしたり、晴れていて気が向けば買い物とか年金を引き出しに銀行に行きがてら散歩したり、と云った風ですかな。なんにもすることがない時は、一日中テレビですよ。ああそうだ、後は・・・」
(続)
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