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石の下の楽土には 7 [石の下の楽土には 1 創作]

 拙生は燗の上がった徳利の尻を拭って、それは手に持った儘島原さんの前に猪口をカウンターの中から置くのでありました。
「お待ち遠さまです」
 島原さんが返答に頷くようなお辞儀をしてその頭が上がった時に、拙生が徳利を島原さんの前に両手で捧げるように差し出すのは、最初の一杯をお注ぎしますと云うお客さんへの愛想なのでありました。もうここでのアルバイトが長いものだから、拙生のそう云う素振りもなかなか板についているのでありました。
 島原さんは猪口を片手で持って拙生の方におずおずと差し出します。拙生はそれに酒を八分程注ぐのでありました。
「秀ちゃんは将来居酒屋を出そうと、ここで修行中と云うところですかね?」
 島原さんが注ぎ終わりの砌に少し猪口を持ちあげて、傾いた徳利を立てる仕草をしながら拙生に聞くのでありました。
「いやあ、それもいいかなって考えないこともありませんが、まあ、アルバイトですよ」
「就職試験に備えて、準備中だもんなあ、今は」
 カウンターの他の客から注文を貰って、小浜さんは俎板の前に戻る序でのようにそう云うのでありました。それから拙生に小声で「あちらにビールを二本」と指示を出します。
 拙生が指示された席にビールを出してこちらにも最初の一杯を注いで戻って来ると、小浜さんが先程の話の続きを始めるのでありました。
「そんじゃあ、秀ちゃんは学生さん?」
「いや、もう卒業してます。就職の方は不況で去年は不如意だったものですから」
「へえ、不如意だったの」
「時々、妙にチャンバラ時代劇のような言葉を吐き出すんですよ、この秀ちゃんは。不如意だとか如何様にもとか、真っ平ご免なすってとか、するってえとなんですかいとか」
 小浜さんが包丁を使いながら云うのでありました。
「真っ平ご免なすってと、するってえとなんですかい、は云わないですよ。卒爾ながら、みたいなことは云うかもしれませんが」
「チャンバラ時代劇が好きなの?」
 島原さんが真顔で聞くのでありました。
「いえ、然様のことは」
「その、然様のことは、てのも、近ごろの若い人は滅多に使わないよ」
 すかさず小浜さんが、刺身の妻の大根の千切りを皿に盛りながら云うのでありました。
「ところで就職の話だけど」
 島原さんが逸れた話頭を元に戻すのでありました。「今年の就職活動だって、もう終盤も終盤と云ったところだろうに」
「そうですね、今年の新卒の就職活動も、ぼちぼち終わりの時期ですよね。あと少しで連中も卒業だろうし」
 拙生は皿を洗いながら云うのでありました。
(続)
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