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枯葉の髪飾りCCⅩⅦ [枯葉の髪飾り 8 創作]

「どがん、しようかな」
 拙生は少し躊躇うのでありました。「まあ、そうしたら、せっかくけんが、帰りがけにちょこっと覗かせて貰いますけん」
 拙生はそう返してからコップのファンタグレープを飲み干すのでありました。
 主の居なくなった部屋の中は異様な静寂に支配されているのでありました。彼女が使っていた机も椅子もベッドも、本棚もそこに立て並べられている高校の教科書やノートや受験参考書や文庫本も、それに箪笥の上に置かれた幾つかの彼女のお気に入りだったぬいぐるみも、なにか急激に氷結させられたかのように、この部屋に入って来た者を一種圧倒するように、生気を全く失くして佇んでいるのでありました。
 拙生はこの静寂を乱すことを恐れるのでありましたが、ふと目について机の上の写真立てを恐る々々手に取るのでありました。それは拙生が東京土産に買ってきたものでありました。その中に入っていた拙生の写真は取り外されているのでありました。
「ああ、そこに入っとった井渕君の写真はね、あの子の遺影ば作る時にその裏に入れてあった写真ば使ったけん、その時一緒に出して、その儘机の引き出しに仕舞ってあると」
 彼女のお母さんはそう云って引き出しを開けるのでありました。中には幾冊かのノートが重ねて入れられていて、その上に確かに写真立てに飾られていた、固い表情をした拙生の写真が置いてあるのでありました。下のノートはひょっとしたら彼女が拙生の受験の時に願懸けをしてくれた、あのおまじないノートではないかと推察するのでありましたが、彼女が拙生にそれを見られるのを恥ずかしがったことを思い出して、手に取ることは控えるのでありました。拙生はなにも入っていない写真立てを、元の通りに静かに戻すのでありました。
 この部屋で拙生と吉岡佳世が胸を時めかせながら二人だけの時間を過ごしたことが、なにやら遥か昔に見た夢の中の出来事のような気がするのでありました。写真立て以外、あの時と部屋の様子はなにも変わってはいないのでありましたが、しかし部屋の中に満ちている空気はすっかり冷えてしまっているのでありました。未だ外は夏だと云うのに、拙生は足先が凍てるような感覚に襲われるのでありました。それは拙生がこれ以上ここに止まることを、部屋が厳しく拒否しているかのように思えるのでありました。
「ぼちぼち、帰りますけん」
 拙生はそう横に立つ彼女のお母さんに告げるのでありました。
 玄関で靴をはき終えてから振り返って、拙生は彼女のお母さんに云うのでありました。
「そいぎんた、お父さんにも、宜しゅう伝えてください」
「うん、有難う。井渕君はまあだ暫くこっちに居るとやろう?」
「はい、九月一杯は居ります」
「そしたらまた、線香ば上げに、ウチにも来ておくれね」
 拙生は深く一礼してから玄関を出るのでありました。前の様に彼女のお母さんは玄関を出たところまで出て拙生を見送ってくれるのでありましたが、当然のこととしてその横に吉岡佳世の姿はもうないのでありました。
(続)
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