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枯葉の髪飾りCCⅩⅠ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 先に吉岡佳世の葬儀に出るために佐世保に戻った時と同じルートで、拙生は帰郷するのでありました。前のように切羽詰まって心急いていたわけではなかったために、今度は気分的にはかなりのんびりとした旅でありました。彼女がもう佐世保には居ないことは判っているのでありましたが、それでも帰郷するとなると少し気持ちが和らぐのは、東京に来てから程々の日時が経過したとは云え、未だ東京暮らしに慣れきっていないための緊張が拙生の中に凝固していためでありましょうか。
 博多発の特急みどり号が佐世保駅のホームに滑りこむと、拙生は改札を抜けた後はゆっくりとした足取りで四ヶ町まで歩いて、それから四ヶ町と三ヶ町のアーケードを抜けて病院裏の公園に向かうのでありました。夏の強い日差しを避けるように、アーケードの中は多くの人が行き交っているのでありました。八月の最後の週の平日でありましたが、小学生や中学生、高校生達はもうすぐ終わる夏休みを惜しんで、家でじっとしているのに耐えかねて、なにかに急かされてでもいるかのように街に繰り出して来ているのでありましょうか。なんとなく拙生にも覚えのあることでありました。
 病院裏の公園は相変わらず人の気配が薄いのでありました。拙生はあの銀杏の木の下のベンチまで来るとそこに座って、過ぎゆく夏を惜しむように鳴くつくつく法師の声と、葉群れが風にさざめく音を聞きながら目を閉じるのでありました。一年前の夏に毎日のようにここで一人転寝をしながら過ごした時の気分が、懐かしさの薄衣を纏って蘇るのでありました。受験のための学校での補習授業と週一回の病院通いの憂さ晴らしに、拙生はこのベンチで不貞腐れたような顔をして寝転んで、本来はのんびりとしているはずの夏休みの情緒を暫し味わおうとしていたのでありました。そんな拙生に或る日偶々この公園に入って来た吉岡佳世が声をかけたのでありましたっけ。
 吉岡佳世のあの時の顔が蘇るのでありました。近づけられた彼女の顔はとても可愛くて拙生はどぎまぎとするのでありました。後ろに束ねた髪の毛が細い首の後ろで踊っているのでありました。その髪から仄かに漂うシャンプーの香りが、拙生の頭をくらくらとさせるのでありました。拙生はその一瞬で彼女に恋をしたのでありました。
 あれからたった一年しか経っていないと云うのに、吉岡佳世はもう拙生の前から居なくなっているのでありました。本当ならば今日此処で拙生と彼女は待ち望んだ再会を果たして、お互いの感奮を隠せない儘きつく抱きあって唇を重ねているはずでありました。それから、今後二年先も三年先も四年先も、もっとずうっと先まで続くはずの拙生と彼女の二人の時間のことを、しっかりと確認しているはずでありました。なのにたったの一年も、彼女は待っていてはくれなかったのでありました。彼女は、余りにせっかちであります。・・・
 いきなり横の銀杏の木でつくつく法師が鳴き出すのでありました。その声が頭上で舞っていた葉擦れの音をかき消すのでありました。拙生の頭の中は暫くつくつく法師の声だけに支配されるのでありました。名残を惜しむような余韻を残してそのつくつく法師の声が途切れると、その後にはなにも音のしない空間が現れるのでありました。銀杏の木から蝉が飛び立つのが見えるのでありました。まるで蝉が居なくなるのを待っていたかのように、始めは密やかに、そして次第に高くまたぞろ葉群れがお喋りを始めるのでありました。
(続)
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