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「刎頸の交わり」のはなしⅢ [本の事、批評など 雑文]

 などて拙生がその日に限って目礼をしたのか、彼には不思議であったろうと思うのであります。いや寧ろ不気味であったろうと推察されるのであります。もし聞かれたとしても、拙生の目礼の真意は拙生にも判りかねます。なにせ、もののはずみでありますから。
 その日以来彼とは朝、バス停で顔をあわせたらどちらからともなく互いに目礼を交わすようになるのでありました。しかしそれ以上の交流の進展はなくて、バス停ではお互い何時もの定位置たる少し離れた自分の立ち待ち場所を守り、数言の会話すら交わすこともないのでありました。拙生としたらうっかり軽はずみな会釈などをしてしまったために、彼にその日以来余計な目配りをさせることになったようで、なんとなく申しわけない気もほんの少しするのでありました。
 或る日、交通ゼネストかなにかでバスが間引き運転されるのでありました。バス停に参集する件の早朝通学連中は、苛々しながらなかなか来ない何時ものバスを待っているのでありましたが、皆遂に辛抱の針がふり切れて、行き先が夫々の高校の在る所とは違っているにも関わらず、取り敢えず来たバスに舌打ちしながら乗りこむのでありました。途中のバス停で、別方面から来る目的地行きバスに乗り換えるためでありましょう。そのバス停を利用する生徒の大方の高校は、近い遠いはあるにしろバスの同じ進路方向にあるのでありました。
 ところで我々は早朝通学連中であります。詰まりまだ登校時間には大分余裕があるのであります。それなのに態々手間な手段を選択することもなかろうし、もう少し待っていれば目的地行き直通バスがやって来るに違いないと、拙生は停留所に居残って他の連中が乗りこんだバスを見送るのでありました。
 バスが去った後に停留所に残ったのは拙生と、件の目礼相手の高校生の二人でありました。同じ魂胆同士であろうからなんとなくお互い顔を見交わして、どちらからともなくニタリと笑うのでありました。彼の学生帽についている記章は拙生とは違う高校のものであります。帽子のつばと学生服のヨレ具合から拙生は彼が三年生であろうと見当をつけるのでありました。拙生はその時二年生でありました。因って敬語で「今のバスに乗らんで、よかとですか?」となんとなく彼に声をかけるのでありました。「うん。どうせ登校時間にはまあだ余裕のあるけん」と彼は応えるのでありました。「なんで何時もこのバスに乗るとですか?」「少し早う学校に行って、受験の英単語の勉強ばしようて思うてね」「ああ、そうですか」矢張り三年生のようであります。
 少し言葉が途切れるのでありました。暫くの後「君は二年生か?」と彼は拙生に聞くのでありました。「はい」と拙生は頷きます。「二年生ならまあだ受験勉強にあくせくせんでもよかやろうに、なんでこがん早かバスで通学するとや、君は?」「混んだバスで立った儘乗っとるとが嫌で、座って行こうて思うて、それで」拙生はそう応えるのでありました。「ああ、成程ね」「受験勉強のために早出ばするとですか? 流石頭のよか**高の人ですねえ」これは拙生のお追従であります。「まあ、クラスのヤツ等の殆どが早う出て来るけん、オイも仕方なしに早出しとるだけばってん」「ウチの高校の三年生は、中にはそがん殊勝な心がけのヤツも居るかも知れんけど、殆どが気合いの入っとらんヤツばっかりですよ」
(続)
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