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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 拙生はアパートに帰ってから、机の上に載った、結局まだ出さずにいた吉岡佳世への手紙を手に取るのでありました。それを見つめながら、これは矢張り、出さないで良かったと思うのでありました。それには、まさか彼女に病名を知らせるような不細工は仕出かしていませんでしたが、しかし励ます積りではあったものの、拙生の切羽詰まった心情や、悲嘆や、落胆や、絶望が文字と文字の間に、容易に見て取れるかも知れない手紙でありましたから、こんなものを、吉岡佳世に読ませるわけにはいかないと思うのでありました。
 しかし彼女に急いで返事を出したい、いや返事を出さなければいけないと云う気持ちは、全く失せてはいなかったから、拙生は引き出しから便箋を取り出して、彼女の病気が重篤なものであると態々知らせるような不首尾は犯さないように、細心の配慮をしながらゆっくりと新たな文章をそこに書きつけていくのでありました。自分の入院のことや、今現在の病状を知らせる吉岡佳世からの手紙は、如何にも淡々としていたのでありましたから、その色調に似合うような手紙を書かなければなりません。
 彼女の入院を驚いてはいるものの、そんなに取り乱したりするような出来事とは捉えてはいなくて、しかし軽々になども当然考えてもいないと云った風の、拙生の楽観の方に重心を乗せた心情、何時もの手紙のような冗談も鏤めながら、しかし決して狂騒に走らない配慮、彼女の恢復を当然のように信じているし、彼女のその後の高校生活も、卒業も、大学受験も、それから東京での拙生との楽しかるべき学生生活も、実現することを信じて微動だにしていない拙生の或る意味で呆れて貰えるくらいの脳天気さ、それにそうは云うもの矢張り心配顔の表情、拙生はそんな色あいを文章に出そうと、拙劣なものではありましたが、技巧と誠意を尽くして、文字を刻むように便箋に書きつけるのでありました。書きながら、稚拙な文章の技巧に走る自分に呆れて、なんとも云えない虚しさに襲われてきて、持っている万年筆を投げ出そうかと思うこともありましたが、拙生はなんとか手紙を書き終えたのでありました。
 そう云えばこの万年筆にしても、吉岡佳世が拙生の大学受験合格を期した、例のおまじないノートを書く時に使ったものであったと、自分の右手に持った万年筆を見ながら思うのでありました。その同じ万年筆で綴ったこの新しい文面の手紙が、前の手紙を書く時に思った彼女のおまじないノートへのお返しと云う役割を、充分果たしているかどうかそれは疑問ではありましたが、しかし下手な技巧に隠れているとしても、彼女の恢復を切実に祈って、その祈りだけは前の手紙以上に籠めた積りではありました。
 拙生は文面を何度も読み返して、不首尾がないかを確かめるのでありました。読み返しながらまたもや、云うに云われぬ虚しさを感じるのでありましたが、その虚しさは、彼女への手紙に下手な技巧を使う自分に嫌気がさしたと云うよりは、結局、拙生が彼女の病気が恢復不能であるかも知れないと、実は心の片隅で諦めていることから来るのではないのかと気づくのでありました。
 拙生は思わず自分の太腿を、左の拳で強打するのでありました。そんな自分に腹を立てたのでありました。目を強く閉じてそれを開くと、その後涙が止めどもなく流れてくるのは、強打した太腿の痛さからではないのでありました。
(続)
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