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枯葉の髪飾りCLⅩⅨ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 吉岡佳世からの手紙には相変わらず拙生に早く逢いたいとか、拙生の居ない学校はなんとも詰まらないとかの文が散見されるのでありました。しかしそれは最初の、駅で離別したすぐ後の手紙の悲壮感は次第に薄れてきて、まあ、そう云った文言はある種の挨拶のような色あいになっているのでありました。手紙全体の色調は落ちつきを見せていて、明るい表現やら面白い云いまわし、文をすこしふざけた語尾で結んだり、カタカナの擬音が挿入されていたりとなかなか賑やかでもあり、唇やハートや色々な絵も赤や青のペンで行末に描いてあったりするのを見ると、こう云った文面は男の拙生にはなかなか書けないものであると感心したりするのであります。寂しくはあるけど、それなりに佐世保で元気に過ごしている様子を拙生に伝えようとしている彼女の心根が見えるようで、拙生はその点は吉岡佳世の意を充分に汲み取ることが出来るのでありました。
 しかし矢張り文通が重なっても、学校での彼女の様子と彼女の体調に関しては、なかなか明瞭な描写がないのでありました。滞りなく高校生活を送っているとか元気で過ごしているとは必ず記してあるものの、それを証する殆どの具体性が省かれていて、或いは不足していて、彼女の心根にも関わらず、なんとなくその表記に彼女の実感が伴っていないような気がするのでありました。そうと気づいたら少々彼女のことが心配になってきて、拙生は彼女からこれまでに受け取った手紙を何度か読み返して、彼女の手紙の文面に現わされない情報を探ろうとするのでありました。これが全くの拙生の取り越し苦労の類であれば、それはそれで拙生は胸を撫で下ろすだけでありますが。
 拙生は吉岡佳世の生の声を聞くことで、この拙生の心配が無用なものであることを確認したいと思うのでありました。しかし叔母に頼んで彼女の家に電話をかける無遠慮もそうそうは憚られるし、またそうやって、彼女の家に態々遠距離電話を入れる当為性にも欠けるところがあるような気がするのでありました。拙生は叔母の家の玄関で靴箱の上に載っている黒い電話機を見ると必ず、これから彼女に電話をかけたいと云う衝動に駆られるのでありましたが、それへ延ばそうとする拙生の手は躊躇いのために受話器から数センチのところで止まってしまうのでありました。
 当面、手紙しか拙生にはないのでありました。拙生は彼女の学校での様子や体調に関して具体的な彼女の記述を引き出そうと、やれ恒例の新入生歓迎の式典があったと思うが彼女のクラスはそこでなにかやらなかったのかとか、もしやったのなら彼女はその中で活躍しなかったのかとか、受験のための補習授業が放課後に始まっていると思うが夫々の教科の担当の先生は誰なのかとか、その先生の中に好き嫌いはあるかとか、病院裏の公園には時々行くのかとか、銀杏の葉の茂り具合はどうかとか、病院へは今はどの位の間隔で通うようになったのかとか、そんな質問ばかりが多い手紙を書いているのでありました。
 しかしながら彼女は一々それに応答するものの、やはり具体的な描写の少ないその文面からは彼女の活き々々した姿や、笑い声や、或いは戸惑いの表情や、または尻ごみする様子と云った血の通った像は充分には感得出来ないのでありました。まあそれでも、こうして頻々と手紙を送ってくれるのは当面恙無い証拠とも云えるかもしれない等と、兎も角も一応の安心を得るために拙生は強いてそんな風に考えることにするのでありました。
(続)
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