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枯葉の髪飾りCLⅩⅠ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 吉岡佳世からの手紙がその翌々日拙生の許に届いたのは、佐世保駅で別れたその日の内に彼女が手紙を認めたからに他なりません。彼女の手紙には縷々拙生との別れの悲しさが書き連ねられていて、拙生の乗ったさくら号が見えなくなって、家に帰った後も彼女の悲痛な高ぶりを自分で収められずに、その高ぶりのまま筆をとったのでありましょうが、それは昨日の部屋を片づけると云う仕事が頓挫した後の拙生の心情と、全く同じであったろうと思うのでありました。
 彼女の手紙には彼女の遣る瀬ない喪失感の他にも、その日家族で拙生の話をしたことやら数日後に待っている高校生活再開への不安やら、期待やら、目指す大学のことやらが書き記してあったのでありましたが、それは手紙の悲壮なトーンの中に埋没してしまっているのでありました。しかし拙生が彼女の悲しみに沈んだ表情以外の表情をその手紙の中になんとか見出そうと丹念に文字を追うのは、ひょっとしたら彼女を一人佐世保に残して東京へ出てきた自分に、或る後悔を感じていたからだったかも知れません。ずっと彼女の傍に居る方策は多分あったのでありましょう。例えば地元に在る大学を受験するとか、もっと云えば確信犯的に大学受験を失敗するとか。まあ詰まり、是が非でも東京の大学を選ぶ理由は拙生には恐らくなかったのであります。
 しかしそうはしなかった自分を、吉岡佳世への愛情を出来る最大限発揮しなかった卑怯者のように思いなす蟠りを、拙生は何処かに抱え持っていたのでありました。常識的な見地からするとこの拙生の云わば負い目のような感情は、勘違いも甚だしいストイシズム、或いは裏返ったヒロイズムの類であり、詰まり拙生の自大の表れなのでありましょう。しかしその時の拙生は愚かにもしごく大真面目に、吉岡佳世への後ろめたさに打ちひしがれるのでありました。なんとも幸せな人間であります。
 それにつけても吉岡佳世は新学期を無事に迎えられるのでありましょうか。その初日は無事に迎えたとしても、その後一年を通して恙なく過ごせるのでありましょうか。そう思っていたらその二日後に再び彼女からの手紙が届くのでありました。
 その手紙には拙生が、東京へ着いたその日の内に手紙を出したことへの感激と感謝とが最初に記してあって、前の手紙に比べれば少しは落ち着いた明るい色調が行間にたゆたっているのでありました。高校の始業式を無事に終えたこと、それに始業式の様子、新しいクラスのこと、佐世保駅で別れて以来まだ体調は崩れてはいないし、なんとなく今後も大丈夫なような自信が出てきたこと等がすこしおどけた調子を交えて記してあり、最後に「chu!」とあってその横に赤いペンで唇の絵が描かれているのが、拙生をデレデレと嬉しがらせるのでありました。
 勿論すぐに拙生は返事を認めるのでありましたが、それにはその日に丁度大学の入学式が日本武道館であったと云うことや、大学の新入生ガイダンスが明日から始まることとか、漸くに家具類が揃って生活感が部屋に出てきたこと、初めて経験した朝の満員電車には実に以て辟易したと云うこと等を書き連ねるのでありました。手紙を書き終えたらなにやら無性に吉岡佳世の声が聞きたくなって、そう思うと矢も楯も堪らなく、拙生は部屋を出て電話を借りるために叔母の家に向かうのでありました。
(続)
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