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枯葉の髪飾りCⅩLⅧ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 吉岡佳世はペットショップの入り口脇の、あの仔犬が居たケージに駆け寄るのでありました。しかし彼女は前のようにすぐにケージの中に指を差し入れて仔犬とじゃれようとはせずに、傍らにただ立ったままでケージを見ているだけでありました。
 ケージの中にあの仔犬の姿はないのでありました。新聞紙のひかれた床に小さな毛布が丸まった儘置かれているのは、仔犬が中で暮らしていた痕跡を留めているのではありましたが、それは如何にも冷えた空気の中に取り残されているのでありました。吉岡佳世は空のケージから目を離して、横に立った拙生の顔を不安げな表情で見るのでありました。
「仔犬が・・・」
 吉岡佳世はそう云ってから店の中に入って行くのでありました。拙生も彼女の後ろからついて行くのでありました。鳥の鳴き声でかまびすしい店内の最奥には鳥籠やら熱帯魚の水槽に囲まれて大きな木の机が置いてあって、その上でパイプ椅子に座って小鳥の餌らしき菜っ葉を、机上に据えたまな板の上で切り刻んでいるのは恐らくこの店の主人でありましょうか。
 その主人と思しき野球帽を阿弥陀に被った、背は低いながらいかにも骨太な体格の初老の男の人に、吉岡佳世は仔犬の不在のわけを尋ねるのでありました。
「ああ、あの犬なら、昨日売れて仕舞うたばい」
 主人と思しき人はまな板の前に座ったまま吉岡佳世を見上げて、一旦野球帽をとったもののまたすぐに元通り阿弥陀に被りなおしてから云うのでありました。「お姉さん、あの犬が欲しかったと?」
 そう聞かれて吉岡佳世は無言で一つ頷くのでありました。
「残念やったね、一日違いやったばい。もしなんなら、連絡先ば教えて置いてくれたら、またすぐ同じ犬種ば仕入れられるけんが、取り寄せてあげよか?」
 主人と思しき人は彼女にそう持ちかけるのでありました。吉岡佳世は首を横に振りながらそれには及ばないからと告げるのでありました。
 あの仔犬が自分以外の人に買われていったのが、彼女には大いにショックだったようでありました。三ヶ町アーケードを戻ってバス停まで向かう間、吉岡佳世は拙生の手を握り締めて無言で歩くのでありました。拙生は慰めようと思うのでありましたが、彼女の沈黙に気押されて言葉をかけるのをなんとなく躊躇っているのでありました。
「まあ、残念やったね」
 彼女の家の方へ向かうバスに乗り込んで、二人一番後ろの席に並んで座ってから拙生は彼女におずおずと話しかけるのでありました。
「うん、がっかり」
 吉岡佳世がそう云って悲しそうな顔をするのでありました。まあ、縁がなかったのだろうろうと云おうとして、拙生はその言葉を飲みこむのでありました。飼おうと思ってその気で探すなら可愛い仔犬が他にまた見つかるだろうと云うのも、なにやら彼女の傷心に塩を塗るような言葉であろうかと考えるのであります。彼女には屹度、あの仔犬でなければならなかったのでありましょうから。
(続)
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