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枯葉の髪飾りCⅩLⅥ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 唇同士の交感中に拙生の腹がぐうと鳴ったので、拙生と吉岡佳世は何処かで昼食をと云う話になるのでありました。また四ヶ町辺りまで歩いて行くと疲労からこの前のように彼女が体調を崩すかも知れないし、かと云って病院へ戻ってその食堂でと云うのもなんとなくデートっぽくないし、それならばと三ヶ町アーケードの入り口辺りにある喫茶店でと一決するのでありあました。
「あんまり一杯は、食べられんから」
 その小さな喫茶店の最奥の、白十字パーラーよりは薄暗い照明の席に座ってから、吉岡佳世はこの前のデートの時と同じようなことを云いながらメニューを見渡して、野菜サンドとホットミルクを、拙生はスパゲッティーナポリタンとコーヒーを注文するのでありました。店内は拙生等の他に中年の二人連れの女性客と、我々よりは少し年上らしき男女のカップルが少し離れた席に座って、邪魔にならない程度のボリュームで流れる、多分バッハの有名な幾つかの曲に自分たちの会話の内容を紛らせながら、他の客には何の興味も示さず夫々に話こんでいるのでありました。
「井渕君の住むことになる世田谷て、どんな処?」
 吉岡佳世がサンドイッチを両手で持って口に運びながら聞くのでありました。
「そうね、案外田舎て云う雰囲気ぞ」
「でも、佐世保よりは都会やろう?」
「いやあ、そうでもなか。まあだ周りに、キャベツ畑とか栗林とかあるとばい」
「ふうん、そう」
 吉岡佳世はキャベツ畑と栗林のある住宅地の光景はどんなものかと想像するように、少し上を向くのでありました。
「妙な話、便所のくさ、まあだ水洗じゃなかとばい、オイの入るアパートは」
「へえ、そしたら、本当にまるで田舎て云う感じやろうかね。最近は佐世保でも、結構水洗トイレが多いとにね」
「佐世保のごとすぐ山の迫とらんし、海もなかし、だだっ広か平地に、ごちゃごちゃて家の建っとったり、やたら豪邸の並んどる一画の在ったり、畑の在ったり、空地の在ったり、金網で囲まれとるゴルフ練習場とかテニスコートの在ったり、映画の撮影所の在ったりして、なんか街の様子が今一つ掴みどころのなかて云う印象ばい」
「ふうん。でも、映画の撮影所のあると、近所に?」
「うん、少し歩いた処にある。三船プロて云うて、ほら三船敏郎の」
「へえ。そうしたら、三船敏郎も住んどらすと、近くに?」
「さあ、ようは知らんばってん、そうかも知れん。アパートから二十分くらい歩いた処が成城て云う街で、有名人の結構住んどるらしかぞ、叔母さんの云いよらしたけど」
「そんなら、道で有名人に会うかんも知れんね、井渕君」
「ひょっとしたら、ね。ま、来年お前が入試に来たら、色々案内してやるけん」
「うん、ちょっと楽しみね、それ」
 吉岡佳世はそう云ってミルクの入ったカップを口元に運ぶのでありました。
(続)
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