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ここを過ぎてお笑いの市Ⅱ [時々の随想など 雑文]

 寄席に頻繁に通っていた頃ではありましたが、噺の入手先は寄席ではなくて専らラジオでありました。勿論、寄席での録音は御法度であります。最近はラジオを殆ど聞かなくなってしまったので、今の番組事情はしかとは判らないのでありますが、嘗ては落語の番組がそこそこ流されていたのでありました。
 同好の仁が一人在って、拙生が録音し損ねた噺をその仁が幸いにも録音していたりすると、カセットテープを貸してもらってダビングするのであります。これは逆の場合も勿論あるのであります。こう云う奇特な仁が居てくれて拙生としては大いに助かるのでありました。尤も同好の士二人が打ち揃うて寄席に出かけるなんぞと云うことは稀で、寄席通いは一人でと無言の内に互いに了解しているのでありました。
 寝しなに枕辺に流す噺は、まあ云ってみれば他愛もない噺が多くて、そう云う類の噺が好きだと云うこともありますが、『芝浜』等の人情噺とか彦六師匠(当時は林家正蔵師匠)の怪談噺とかは相応しくなかろうと流石に避けるのでありました。間の悪い拙生としては多分そう云う噺に限って仕舞いまで聞き了えるでありましょうし、カセットテープを止めた後の例の無人の荒野の寂寥感が、一際大きな波となって襲って来るのは必至であろうと思われたからでありました。人情噺も彦六師匠も勿論好きではあるのでしたが、それは矢張り夢見はよろしくなかろうと思われたのであります。笑いに満ちた吉夢は期待してもなかなかに実現するものではありませんでしたが、間の悪い拙生のことでありますから屹度、怪談噺の類はその儘そっくり夢に出てくるに違いないと思われたのでありました。
 気どり屋の或る小説家が彼の最初の作品集の、幾つかの自分の未発表の作品から断片を拾い集めて並べたような構成の冒頭の一篇で「役者になりたい」とノタマわっておりますが、まったく現実感はこれっぽっちもなかったものの、拙生も将来噺家にでもなってやろうかしら等と考えることもあるにはあったのでありました。拙生の場合は「役者になりたい」ではなくて「噺家になりたい」であります。そんな才能の欠片も持ちあわせていないことは拙生自身判っておりましたから、微風がふうと拙生の頭の中で吹いた程度の気紛れで、考える端から、鼻息と伴に頭蓋から外へ飛んで出て行った将来像であります。しかし着流しに角帯を貝殻結びにきつく締めて、白足袋に雪駄で浅草寺から六区辺りを涼しい顔して軽やかに歩けば、それは屹度なんとも良い心地であろうと考えたりするのであました。
 さて、ところで、ふと思いついてこの前押入れの最奥から三十年程前に使っていたギターを取り出した時、以前収集していた落語のカセットテープが一緒に、段ボール箱に詰まってゴッソリと出てきたのでありました。このところ落語を聞くことも絶えてなかったことでありましたから、懐かしさに時を忘れてカセットテープの表題と演者の名前に見入るのでありました。
 一丁聞いてみようと思ったものの、今の我があばら家にはカセットテープレコーダーがないのでありました。考えたらCDだのMDだのDVDだの携帯メモリーだのという御時世であります。それに音楽ファイルをパソコンで再生する時代であります。今となってはカセットテープの再生装置は身の回りに必要なく、それで不便を感じることなく暮らせるのであります。
 そうなるとこの押入れから出てきた落語のテープを聞こうとしたら、カセットテープの再生装置を新たに買い求めることになるのであります。しかしそれを買い求めても、使うのは結局この落語のテープの再生のみであります。今更音楽をカセットテープで聴くと云うのも腰が引ける仕業でありますし。
 カセットテープ再生装置を買うか買わぬかと云う懊悩は、今は拙生の安眠を掠め取ること彦六師匠の怪談噺の如くであります。「ここを過ぎて悲しみの市」。嗚呼、なんとも悩ましや。
(了)
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