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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 拙生はカメラを仕舞って、また二人並んでベンチに腰を下ろします。彼女に風邪を引かせないためにも拙生の目論見が済んだのでありますから、早々に彼女を家まで送って行くべきでありましたが、何となくこの公園から去りがたくてまたもやベンチに尻を据えたのでありました。
「寒かとじゃなかか?」
 拙生が云います。「体の調子が、変な感じになっとりはせんやろうね?」
「大丈夫」
 吉岡佳世が応えます。「あ、本当に大丈夫とよ。体育祭の時みたいじゃ、全然ないけん」
 拙生は彼女の手を取るのでありました。その手は温かではありましたが、体の異変によって熱が籠ったものではなくて、穏やかな彼女の体温を普通に宿したような温もりのように感じられるのでありました。その温もりが拙生の手を握り返します。
「あたしの手術ね」
 吉岡佳世が云います。「結構大変な手術らしかと。胸の真ん中を切って、胸骨て云う胸の真ん中の骨も切って、それから心臓を完全に止めて、そいで心臓を開いて・・・」
 彼女はそう云った後に少し顎を上げて銀杏の木を見上げるのでありました。拙生はその彼女の横顔をじっと見るだけでありました。
「あたしの体は、そんな大変な手術に、本当に耐えられるとやろうか」
「医者に任せるしかなかやろうね、信頼して。そがん心配せんでも、屹度大丈夫くさ」
 拙生は心配するなと云ってもそうはいかないであろう彼女の気持ちを斟酌して、もっと彼女を強く励ます言葉はないものかと必死に考えるのでありました。
「もし手術には耐えられたとしても、その後ちゃんと、あたしの体は恢復するとやろうか。ちゃんとそれ、保障されてるとやろうか」
 吉岡佳世はそう云って俯くのでありました。急に彼女の目から涙が零れるのを拙生は見るのでありました。その涙に拙生は極度にうろたえてしまって、どう言葉をかければいいのか判らなくなって、ただ彼女の手を強く握るだけでありました。
 しばらく彼女は押し殺したような嗚咽の声を上げているのでありました。拙生は片手で引き攣るように上下する彼女の肩を抱き寄せ、もう片方の手で彼女の手を力を籠めて握っているのでありました。そうする以外に拙生には何も出来ないのでありました。
「御免ね、泣いたりして。もしかして、手術の後、井渕君と逢えんようになるかも知れんて思うたら、急に悲しくなって・・・」
 程なく彼女がそう云って、涙を拭いながら拙生の方を向いて笑いかけようとします。「もう大丈夫。ちょっと泣いたら、落ち着いた。あたし、結構単純けん」
 彼女はそう云って顔を拙生の肩に埋めます。拙生と彼女の太腿が触れあっているのでありました。彼女の太腿からズボンを介してその体温が拙生に沁みこんできます。拙生は彼女の体温を決して忘れないために、その温度を自分の足に刻みこむように意識を接触した一点に集中するのでありました。吉岡佳世の嗚咽の小さな余波も、まるで彼女の心臓の鼓動のように彼女を抱いた拙生の掌に伝わってくるのでありました。
(続)
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