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枯葉の髪飾りLⅩⅩ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「なあんか、そがんことは別に今云わんでよかやっか。そう改まって云われると、なんかまるで、別れの言葉のごと聞こえてしまうやっか」
「御免ね、そんなんじゃないとやけど」
 吉岡佳世が云います。「でも、どうしても一度お礼が云いたかったと。それで」
「オイが、好きでお前にこうしてつき纏っとるとけんが、お礼ば云われても困るばい」
「うん。でも、これが最後。井渕君、本当に有難う」
 吉岡佳世はもう一度、深く腰を折るのでありました。彼女がゆっくり顔を起こした時、丁度、黄色い銀杏の枯葉が一枚舞い降りてきて、それはまるで髪飾りのように、彼女の頭の上に少しの間止まったのでありました。一瞬の、吉岡佳世のとても美しい肖像画でありました。しかしそこに止まり続けることを躊躇うように、枯葉の髪飾りはすぐに、地面へと落下するのでありました。吉岡佳世が今不意に、拙生に自分の最も美しい姿を見せてくれたような気がして、拙生は感動のようなものを覚えて、思わず息を飲むのでありました。
 吉岡佳世が拙生の前まで近寄って来ます。彼女は徐に両手を差し出します。拙生はその手を取って立ち上がり、ごく自然と云った風に彼女の体を引き寄せるのでありました。
 拙生の両手の中にまるで巣籠るように収まる彼女の体はとても華奢で、拙生が少しでも力を入れると毀れてしまいそうでありました。彼女の髪の匂いが拙生の鼻の前に舞い、その柔らかでしっとりした髪の毛が拙生の頬を撫でるのであります。先程の、枯葉の髪飾りを頭に飾った彼女の可憐な像が拙生の目の中に蘇るのでありました。
 背中へ回した拙生の掌の中に彼女の体温が沁みこんでくるのでありました。拙生は自分の掌の冷たさにひどく恐縮するのでありました。もっと暖かい掌で彼女を包んでやりたかったと、そんな悔悟を感じながら彼女の体を支えているのでありました。
 暫くは甘美な感奮の中で二人じっと身を寄せていたのでありますが、なんとなく長い時間そうやっていることに照れて、拙生は彼女の両肩に掌を移し彼女の体を自分から少し遠ざけます。しかしそうはしたもののその後にどうすればいいのか、どう云う言葉を発すればいいのか全く判らなくなって途方に暮れるのでありました。吉岡佳世は胸の前に両手を引きつけて拳をあわせた姿で、拙生を上目で見ています。拙生は発すべき言葉を必死に探すのでありましたが、逆上せ上った頭には何も思い浮かんではきません。
「寒うなかか?」
 ようやく出た言葉がそれでありました。吉岡佳世は無言で顔を横に動かすのでありました。そうなるとまた拙生は言葉に窮するのであります。世の中には言葉など不要な局面もあるのだと云うことを、その当時の拙生は知らなかったのでありました。
 結局思考停止の末に拙生は仕方なく(!)また彼女の体を自分の懐の中に引き寄せます。逆らうこともなく、いや寧ろそうされることを待っていたように彼女は拙生に寄り添うのでありました。
 彼女の両手が拙生の背中に回されて、その手が拙生の学生服を掴むのでありました。それから意外な強さで、彼女は拙生の体を自分の体に引きつけるのであります。二人の体が、紙一枚も差し挟むことが出来ないくらいに密着します。
「誰かに見られるかも知れんぞ」
 朴念仁の坊やがまたもや言葉を発するのでありました。
「いいの」
 吉岡佳世の言葉はきっぱりとしていて、もう何の反駁も許さないと云う風でありました。彼女の腕の力と云うのか、そこに籠められた彼女の気持ちの強さに圧倒されながら、拙生はたじろぎつつも彼女の肩を同じくらいの強さで抱き続けるのでありました。横の銀杏の木がまるで拙生の不器用さを冷やかすように葉擦れの音を辺り中に響かせ、枯葉を幾枚か二人の足下に振り落とすのでありました。
(続)
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