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枯葉の髪飾りLⅩⅢ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「あたし今度から、井渕君のこと、秀ちゃんて呼ぼうか」
 吉岡佳世が嬉しそうな顔をしながら云います。
「やめろ、そがん呼ばれたらどがん顔して返事すればよかか迷う」
「井渕君も、あたしのことば、佳世ちゃんて呼んでいいよ」
「いやあ、そがん風には、なんとなく呼びにくか」
「そりゃ、秀ちゃんに佳世ちゃん、て呼びあう方が、親密な感じはするね」
 彼女のお母さんがそう云って笑うのでありました。
「秀ちゃん」
 吉岡佳世が拙生をからかうようにそう呼びかけるのでありました。
「やめろ、調子の狂う」
 拙生はなんとなく顔が火照るのが自分で判るのでありました。
 そんな他愛のないことを話しながらお茶を飲み終えて、拙生は腕時計に目を遣ります。
「さて、ぼちぼち帰ろうかね」
「もっとゆっくりしていけばよかとに」
 彼女のお母さんが云います。
「いや、もう入試までそがん時間のなかけん、帰って勉強ばせんばいかんけんが」
「ああ、そうね、そんなら引きとめても悪かねえ」
「お父さんに宜しく云うてください」
 拙生はそう云いながら立ち上がるのでありました。
「そんじゃあ、明日は多分学校に行けるて思うから、明日ね」
 玄関まで送りに来た吉岡佳世が、靴を履いて振り返った拙生に向かって云うのでありました。その日は彼女だけが玄関まで来て、彼女のお母さんは居間に残っていたのでありました。拙生は彼女の目を少し長く見つめます。
「うん、ほんじゃ明日。それからそのう・・・」
 そう口を開いた後、拙生の後に続く言葉が口許からなかなか出ていきません。「なんて云うか、その、やっぱい吉岡の居らん学校は、いっちょん面白うなか」
 拙生はそう云って彼女から目を離すのでありました。先程彼女に「秀ちゃん」と呼ばれた時以上に顔が火照ります。これは結構勇気の要る発言でありました。彼女を元気づけるための言葉だと自分に言い聞かせて、やっとその言葉を口から離したのでありましたが、しかしまったく以って拙生の本心そのものが映った言葉でありました。
「うん。あたしも井渕君と一日逢えんとは、悲しか」
 吉岡佳世のその言葉を聞いて拙生は一気に逆上せあがるのでありました。奥の方を見て彼女のお母さんが出てくる気配がないことを確認して、拙生は彼女の方に手を差し延べます。その拙生の手を吉岡佳世が握ります。拙生は彼女の握力が結構力強いことを確認して、なんとなく安心してその手を離すのでありました。手を離すことを嫌うように彼女の手が拙生の指に絡みつこうとしますが、玄関先でそういつまでも手を握りあっていることも憚られるので、拙生はにいと笑って無言で手を挙げて彼女に暇を告げるのでありました。
(続)
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十楽人

少々お邪魔を。中島敦/永井荷風の検索でこちらへ。
へそ曲がりでは人後に落ちない自信あり。佐世保にご縁がありそうなので親近感も。(佐世保に生まれ、出入りあるも敗戦まで同地に)
永井荷風作品の文学性についてご教示いただければ幸いです。
荷風を世間の人は囃します。私には荷風は、「金持ちのボンボンがいい気な人生を送っただけではないか」としか思えません。彼の作品はちょっとつまみ読みしただけですが、 人生の苦渋をあじわったことのない、あるいは/
したがって、他人の人生の喜怒哀楽についての想像力がない、そういう彼の作品のどこに文学的価値があるのかが分かりません。そういう気持ちをずっと抱いている時に、たまたま月刊文春6月号?の、荷風に纏わる座談会の中で、半藤一利氏が「中島敦は荷風のことをボロクソに言っている」と紹介しているのを目にし、わが意をえた気分になっていたところです。
多分、そのことは中島敦全集第一巻、第3章永井荷風論に語られているのでしょうが、まだそれは読んでいません。
by 十楽人 (2009-06-04 15:42) 

汎武

さて拙生がはたしてどこまで永井荷風の文学性を理解しているかは、自ら疑問に思うところでありますから、お寒い言葉でしかご返信出来ないことを申しわけなく思います。
永井荷風の人となり、その生い立ち、生き様の好悪は置くとして、氏の作品を一つのテクストとして読めば、それは確かに明治末から大正、昭和にかけて日本がそれまでの歴史を否定して猛烈に近代化しようとする中で、その路線から零れた(取り残されようとした、と云ってもよいかと思います)一つの感受性を、作品として見事に結実させた作家であったと拙生には思われます。多くの新しいものを手に入れるためには、同じ量の古いものを棄てなければならないとすれば、近代化の路線を驀進する日本、或いは戦前なるものを捨て去って戦後なるものを我がものとするために驀進する日本において、棄て去られるものへの執着を作品化したと云う点で、時宜を得た文章をを永井荷風は世に送り出したと云えるのではないでしょうか。
「狐」と云う荷風の作品を取り上げて、いつか一文をものせんかなと考えていたところでありましたが、これは荷風と云う作家の依って立つ位置を明示した作品であろうと思います。
拝察するところ郷里の、それに人生の先輩であろう十楽人さんから拙文へのコメントを頂けたことを有り難く思います。

by 汎武 (2009-06-04 20:16) 

十楽人

ご親切な解説をいただき、ありがとうございました。荷風文学への視点がよくわかりました。この“人生の先輩”の、年がいもない先入観や偏見があるのかもしれません。「狐」という作品の名前も初めて聞きますが、機会をみつけて読んでみましょう。
by 十楽人 (2009-06-05 19:59) 

十楽人

書き忘れ
昨日の書き込みで、私の記憶違い、勘違いにより誤った記述がありました。<そういう気持ちをずっと抱いている時に、、、>以降最後までを neglect してください。文春ではなく、中央公論であり、そのほかにも記憶違いがありました。スミマセン。
by 十楽人 (2009-06-05 20:18) 

汎武

十楽人さん再度のコメントを有難うございます。より正確を期そうとされる態度を学ばせて頂きました。
拙生ごときが大した文章も書けませんが、また気が向いた時にでもお立ち寄り頂き、忌憚のないコメント等を頂戴できれば望外の幸せであると思います。
by 汎武 (2009-06-05 22:11) 

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