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枯葉の髪飾りLⅧ [枯葉の髪飾り 2 創作]

 帰宅後拙生は夕食を済ませて風呂にも入り、云い訳程度に参考書を広げて受験勉強をしてから寝床に入るのでありました。しかし何故かなかなか眠りに落ちることが出来ずに、目を閉じたまま何度も寝返りを打つのでありました。色々あった一日で結構気疲れしてはいたのでありますが、しかしこんな時は却って寝つけないもののようでありました。
 枕の中から不意に、大和田の口元に手を当てた像が拙生の頭の中に侵入してきます。大和田の口に添えた指の間から血が滴っていて、その拙生を見る目に仇敵に対する怯えたような色が宿っています。単なる想念の中だけのことなのに、拙生は大和田を逆に威嚇するように見据えるため、目を見開いてその目に対抗しようとするのでありました。勿論見開いた拙生の目には現実には闇の中にほんのり浮かぶ、天井に吊るされた蛍光灯の影しか見えないのでありました。
 大和田への怒りが次第に膨張してきて頭の中を暴れ回ります。一頻り大和田をその後も無残に殴打したり蹴ったりする場面を想像しながら、拙生はこみ上げた怒りを宥めようとします。しかし不意に大和田の目に宿った色が実は恐怖のためではなくて、拙生を憫笑する色だと気づくのであります。吉岡佳世を「欠陥品」と云いなした彼を殴打する拙生の中にも、実は彼女をそのように見るほんのささやかな、彼女に対する侮りが潜んでいるに違いないと見抜いたための、大和田の憐みの笑いのように思えてくるのであります。拙生が固く封印していた思いを大和田が単に代弁したに過ぎないのに、なにを偉そうにそうやって自分を殴るのかとそう彼の目が訴えているのでありあます。
 全く違うと、拙生は頭の中で必死になって大和田の目に向かって叫びます。彼女は単に心臓に病を得ていると云うだけで、それが彼女の人間としての決定的な不備だとは断じて云えないはずであります。手術によってそれは充分恢復可能な、今現在の一時的な不具合でしかないのであります。それよりなにより彼女の素直さ、様々な表情の中にほの見えるその感受性の豊かさ、しかし決してその感受性に引き回されたりしない自己制御力の強さ、人への思いやり、拙生への愛情、可愛らしさ、美しい髪、長い睫毛、なにをとっても間違いなく、吉岡佳世はこの世の女性の中で最上級の完璧に近い存在であると拙生は思うであります。心臓の病があろうとなかろうと、そんなことは問題ですらないのです。
 ああ、そう云えば彼女の手術はうまくいくのかしらと、今度はそんな思念が枕から頭の中に沁みこんで来ます。充分に準備して最良のタイミングでその手術は行われるのであろうから、どだい拙生が気を揉んでも始まらないのでありましょう。しかしやはり彼女の体を切り開くと云う、不可避ではあるものの、ある種の暴力に対して彼女はちゃんと耐えられるのだろうかと云う不安は、どうしても拭い去れないのであります。幾ら彼女のためとは云え、あんな華奢な彼女の体に刃物を刺すなんて。
 それからふいに彼女が学校に置いていった赤い蓋と赤い肩紐の水筒が、頭の中に浮かんできます。そうだ、なによりも明日の第一の問題はその水筒の件だ。明日ちゃんとその水筒を拙生は見つけることが出来るのかしら。見つけられればその後の総てが上手く運び、見つけられなければそれを切っ掛けにその後の総ての出来事が良くない方向に進むのではないかしら。いやまさかそんな吉凶占いのようなものでもあるまいが。・・・
(続)
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