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枯葉の髪飾りLⅦ [枯葉の髪飾り 2 創作]

「佳世のお父さんて佐世保の人?」
 吉岡佳世の家を出てバス停まで並んで歩く拙生に島田が聞くのでありました。
「いや、確か岡山の人とか聞いた」
「へえ岡山ね。そいで言葉の佐世保弁じゃなかような感じのしたとかね」
「岡山の学校ば出てから、SSKに就職さしたとて。初めは東京の本社で勤務しとらしたとやけど、こっちの工場に転勤で来らしたとらしか」
 拙生は以前吉岡佳世や彼女のお母さんから仕入れたお父さんの情報を島田に話すのでありました。SSKとは佐世保の基幹産業たる造船を主業にする会社の通称であります。今は佐世保重工業と云うのでありますが、以前の社名を佐世保船舶工業と云ってその頭文字をとってSSKと呼びならわされている会社でありました。
「お母さんは佐世保の人のごたるけど」
「うん、こっちで結婚さしたとて」
「井渕君はお父さんに逢うとは、今日が初めてね?」
「そう、初めて顔ば見た」
「もう何回も佳世の家には遊びに行っとるとやろうに?」
「そうばってん、オイが行った時は何時でん、お父さんは仕事で出かけとらすし。日曜日とかも仕事に行かすようで、かなり忙しからしかぞ」
 拙生は今日ふいに吉岡佳世のお父さんと顔をあわせるとは思ってもみなかったのでありました。当然拙生の氏素性はお父さんの耳に入っているはずであり、吉岡佳世が拙生とつきあっていることもお父さんは承知のはずであります。拙生としてはお父さんに会うのは何故か怖いような気がしていたもので、何時か会う機会もあるだろうけれど出来れば先延ばしに伸ばしておきたいと思っていたのでありました。
 しかしまあ意外に優しい言葉なんかをかけてもらえたので拙生は安堵しましたし、少しだけ拍子抜けなどするのでありました。吉岡佳世やお母さんからお父さんも拙生と彼女のつきあいに好意的であるとは聞いていたのでありますが、顔を向きあわせるまでは判ったものではなかったのであります。お父さんと逢う機会があれば油断なく対しようと覚悟していたのでありましたが、不意に逢ってみれば何程のことはなく、これが吉岡佳世の家に行ったその日の最大の収穫のように思えてくるのでありました。
 島田とバスに乗りこんで拙生の家の最寄りの停留所に着くと、じゃあなあと云って拙生は先にバスを降りるのでありました。島田の家はそこからまだ四つ五つ先の停留所の辺りでありました。
 家まで辿り着く間拙生は吉岡佳世の水筒のことを思い浮かべながら歩くのでありました。明日早々に登校して、まずは片づけが始まる前の運動場のテントの中を覘いてみる積りであります。恐らく屹度水筒はそこにあるのではなかろうかと期待するのであります。後ろの方のなんとなく整然とは並んでいない椅子の一つに、赤い水筒が寂しげにぶら下がっている光景が見えるようでありました。まあ、そこになかったとしても絶対見つかると云う確信があったのです。それは別に何の根拠もないことではありましたが。
(続)
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