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枯葉の髪飾りⅩⅩⅩⅣ [枯葉の髪飾り 2 創作]

「なんでそがんことば知っとるとか?」
「記録係の席からよう見えたもん」
「記録つけの仕事に没頭しとるて思うとったとに」
「ううん」
 吉岡佳世は頭を横に振ります。「井渕君ばすっと見よったと」
「ありゃ、そうとは知らんもんけん、すっかり油断ばしとった」
 まるで他所見なんかしていないように見えて、その実吉岡佳世が拙生の動きを絶え間なく追っていたと云うことに、拙生はなんとなく嬉しくなって腰の辺りがもぞもぞとするのでありました。
「テントの後ろの方で、あたしのことばずうっと見よったとも、ちゃんと知ってるとよ」
「ありゃりゃ、それも知っとるとか。なんかちょっと、決まりの悪かねえ」
 拙生は頭を掻きます。
「少し背中の緊張したもん、あたし、見られてるって思うたら。嬉しかったけど」
 吉岡佳世は持っていた水筒の蓋に水を注ぎ入れ、拙生の方へ差し出します。
「飲む?」
 拙生はその赤い保温水筒の蓋を受け取って一口飲むのであります。
「お、冷たか。しかも麦茶」
 そう云って拙生は残りを一気に飲み干すのでありましたが、冷たいとか麦茶であるとかそう云ったことよりなにより、今吉岡佳世が口をつけて飲んでいたその同じ水筒の蓋で飲んでいることに、ちいとばかり興奮と云うのか感動と云うのか喜びを云うのか、そんなものを覚えるのでありました。
「ああ、冷とうしてうまかった」
 拙生は拙生の秘かな歓喜を隠蔽してなに食わぬ顔で、ただ冷たい麦茶が喉を流れる感覚のみに感動したような風に云うのでありました。
「もう一杯、飲む?」
「いや、もうよか」
 拙生は赤い水筒の蓋を吉岡佳世に返すのでした。彼女は拙生から蓋を受けとるとそれを水筒に被せてくるくると回します。
「こがんことしとって大丈夫とや。記録係の仕事に復帰せんでよかとか?」
 拙生が水筒の栓を仕終えた吉岡佳世に聞きます。
「あたしの番はお仕舞。もう後ろの席に座っとくだけ」
「そんじゃあ、その座っとく仕事に復帰せんでよかとか?」
「うん。テントの中に座っててもよかし、クラス席に行っとってもよかし」
 そうならと拙生は彼女を誘って教室に戻ることにしたのであります。当初は教室で隅田に倣って英熟語でも覚えるつもりでおりましたが、吉岡佳世が一緒ならそんな詰まらないことなどする気はありません。やはり拙生は隅田が指摘するように、大学入試をそう切羽詰まった問題としてまだ感じていないのでありまして、実に困った受験生ではありますか。
(続)
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