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合気道錬身会 二〇〇八年Ⅰ [合気道の事など 1 雑文]

 昨年の初めに合気道錬身会が誕生したのであります。昨年の錬身会の活動とそれと連動した南多摩倶楽部の主要な活動を以下綴ってみたいと思うのであります。
 まず二〇〇八年最初の行事は一月十三日の合同稽古初めでありましょうか。南多摩倶楽部からも数名が参加いたしました。もっとも南多摩倶楽部は既に四日から当年の稽古を開始しておりましたから、我が倶楽部からの参加者は体のキレもよく、スムーズに参加出来たのではないかと推察したのであります。拙生は都合で参加出来なかったのですが、後日会員から当日の盛会の様子など報告を受けたのでありました。稽古後千田務先生は錬身会会員数名と一緒に養神館本部で開かれた鏡開き式に参加されました。前年末で養神館を退職されている千田先生は部外者として、いつもよりは気楽な様子で向かわれたとの報告も受けたのでありました。
 二月十日には養神館本部の職責を離れて、自らの新しい合気道の境地を開かんとされる千田先生を応援する会が新宿の京王プラザホテルで開催されました。四百名を超える方々が参集されたのは千田先生の御人徳であると云えるでありましょう。拙生も役職から胸に花飾り等つけて演壇の方に並んだのでありましたが、そこから見る会場の人々々の波は圧倒的でありました。翌十一日は中野体育館で講習会が開催され、申込者が多くて午前と午後の二回に分けて行われたのでありました。
 三月には千田先生が養神館から余儀なく独立をされたのでありました。当初千田先生は全日本養神館合気道連盟の下での活動を念願されたのでありますが、様々な部分で養神館本部との折衝が整わず結果独立と相成ったのでありました。よって南多摩倶楽部も連盟から離脱して千田先生の下で今後の活動をしていく選択をした旨、後日養神館に通知したのでありました。長くお世話になった養神館を離れるに於いては感慨一入ではありました。
 四月二十七日は錬身会所沢道場で演武会と千田先生の講習会か開かれました。近隣の道場と云うことで南多摩倶楽部に演武の招請があり、三名で演武を披露してまいりました。所沢道場は少年部の人数が多くて、子供達の元気いっぱいの演武は見ていて気持ちの良いものでありました。千田先生の講習会にも錬身会各道場から大勢の方が参集されました。
 四月二十九日は両国の錬身会本部道場で千田先生の講習会が開かれました。錬身会本体主催の講習会は当年これで二回目であります。この日に講習会を開くことは千田先生が養神館本部道場長時代から恒例になっており、当年は錬身会として開催したのでありました。毎年この日の講習会を楽しみにされている方々が大勢いらっしゃって、やはり各道場、各会派から九十名の参加があって、広い道場も狭く感じる程でありました。参加された方々の熱気は五月場所を前に、忙しげに両国の街を歩く力士のそれに勝る程でありましたか。
 五月二十五日は錬身会横浜道場(横浜合気道クラブ)へ南多摩倶楽部から二名で出稽古に行ったのでありました。この日は千田先生の横浜道場指導日であり、また昇級審査もあって、横浜道場の方々の気合いの入った稽古が印象的でありました。こうして時間の許す限り出稽古するのは、錬身会の技の統一を守るためにも、南多摩倶楽部へ刺激を注入するためにも欠かせない一方法と考えるのであります。稽古後は懇親会が開かれ、さすが横浜でありまして、並べられた料理は豪華な中華でありました。
(続)
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